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西部戦線では1人の兵士が死んでも異常なしです。戦争は人の心を黙殺し、数多くの人を不幸にします。ノアの箱舟の中で猛獣は、他の動物たちと共存していました。宇宙船地球号に住む私たちも、愚かな戦争引き起こして地球の順命を縮めてはいけません。李香蘭の再来は歓迎ですが、「李香蘭の不幸」の再来は望みません。
このミュージカルの舞台となるのは1920年代後半から1945年までの日本と中国、そして満州国です。満州国は1932年に現在の中国東北部に日本が創り支配した名ばかりの独立国家で、第二次世界大戦の終了とともに消滅した国、歴史上たった13年間しか存在しなかった国です。
しかしこの建国前夜から崩壊に至るまで日中両国では様々な策謀と夢が交錯する悲劇が繰り広げられました。そんな暗い時代にこの2つの国で一世を風靡したスター、それが李香蘭です。ミュージカル李香蘭は第二次世界大戦終了時の中国から始まります。戦時中、敵国日本の側についた祖国反逆者漢奸を弾劾する人々。清国の皇女でありながら日本人の養女となった川島芳子も満州国軍の将軍となって活躍した漢奸として登場します。皮肉と悲しみを込めて歌う芳子の進行で舞台は李香蘭を裁く軍事法廷と変わります。
満州映画協会の主演女優として活躍した李香蘭は、日本の宣伝工作に加担した罪を問われているのです。
怒号に満ちた法廷。検察官は李香蘭に死刑を求刑します。その時李香蘭は自分は山口淑子という日本人であると告白します。そして彼女の思いはこの中国名をもらった子供の頃へと遡ります。
李香蘭の父山口文雄は日中友好の夢を幼い夢に娘に託し、親友李将軍の養女にします。そしてもらった名前が李香蘭。中国読みではリンシャンラン。李家の娘愛蓮やその許嫁玉林、そして兄とも慕う建国大学も学生杉本にも祝福されて、李香蘭は祝福そのもの。若者たち4人は日本と中国両国が親しく結ばれることを夢見ていました。
一方中国駐在の日本陸軍である関東軍の総司令部では軍人たちが満蒙を日本の支配下におこうと企み、さまざまな陰謀をめぐらしています。そんなきな臭い空気の中、満州国が誕生します。五族協和−満州族、蒙古族、漢民族朝鮮族、日本人の五つの民族が手を携える国−を理想に掲げた満州国建国に李香蘭や杉本たちは胸をときめかせました。しかし、満州国での関東軍の言動はこの理想とかけ離れていました。罪もない中国人たちを虐殺したり、天照大神を建国の神、つまり先祖として押しつけたり、支配者として他の四民族を虐げていました。
満州国元首として清朝最後の皇帝溥儀を迎えていましたが、これも形ばかりで実権は関東軍にありました。こうした日本軍の暴挙に対して、中国全土で抗日運動の火の手が上がります。玉林も日本軍と闘う決意を固め、愛蓮もそれに従います。姉妹として親しくしてきた李香蘭は、愛連から別れを告げられ、悲しみにくれます。杉本も関東軍のやり方に怒り、軍人に食ってかかりますが、逆に新設の満州映画協会の仕事を軍から任され、なだめられてしまいます。軍は李香蘭の美声と流暢な中国語に目をつけ、この満映から中国人女優としてデビューさせます。李香蘭は歌う女優として一躍スターになり日本でももてはやされるようになります。
一方、日本国内は不況に苦しみ、政情は不安定で、軍部がますます台頭してきます。そしてついに、昭和16年12月8日、米英両国に宣戦を布告し、世界が相手の泥沼の戦いに突入して行くのです。こんな殺伐たる時代、李香蘭の歌う甘い旋律は人々の心にしみ通りました。開戦の年の2月、東京の日劇で開かれた李香蘭のショーは、詰めかけたファンが日劇を7周半取り囲むほどの大盛況。丸の内警察署長が直々に観客整理にのりだすほどの騒ぎとなりました。そのころ、玉林と愛蓮は遊撃隊となり、同志たちと深い絆に結ばれ、いつか故郷を日本軍から取り戻す日を夢見ていました。
ある夜遅く、仕事で東京のホテルに泊まっていた李香蘭を杉本が訪ねてきます。召集令状がきたことを李香蘭に告げに来たのです。杉本をいつも心の支えとしてきた李香蘭は衝撃を受けます。李香蘭は「行がないで欲しい」と頼みますが、もとより望むすべもなく、2人は生木が裂かれるようなつらい想いで別れるのでした。戦局は悪化の一途をたどり、どの戦場でも若き兵士が次々と命を落していました。遺す家族を思い、両親に感謝し、愛する人々の幸せ多き未来を祈って、多くの若者が死へ直進していきました。杉本もそのひとりだったのです。
しかし、李香蘭を含めて、一般の日本人は何も知らされず、新聞の報道を鵜呑みにし、日本の勝利を信じ込んでいました。そんな李香蘭に日本の敗戦を伝えたのは愛蓮でした。仲間に内証で李香蘭に会いに来た愛蓮は、再会を喜ぶ間もなく、終戦前に一刻も早く日本に帰るよう勧めるのでした。日本が負ける・・・李香蘭は愕然とします。ついに敗戦の日。満州国は消え、皇帝溥儀はソ連に拉致され、川島芳子も逮捕、銃殺されます。舞台は冒頭の李香蘭の裁判に戻ります。李香蘭は日本国籍を立証することはできましたが、法廷に満ちた憎悪は消えません。李香蘭は自分を生み育ててくれた中国への愛を切々とうたい、若さと無知ゆえに犯してしまった過ちを詫びます。
いよいよ判決の時。裁判長は無罪を申し渡します。そして不服を申し立てる傍聴人たちに歌いかけるのです。「憎しみを憎しみで返すなら、争いはいつまでも続く。徳をもって恨みに報いよう。」と。裁判長の歌に皆唱和し、法廷を包む大合唱となります。その中央に許された李香蘭と愛蓮のしっかりと抱き合う姿がありました。
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