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天才作曲家ルイスに捧げる乙女テッサの慕情を描いたこの音楽劇は、数あるジロドゥの戯曲の中でも「オンディーヌ」と双璧をなす傑作といわれています。スイス・チロルの大自然にいだかれ育った大音楽家サンガーの娘テッサは、その小さな胸に若き作曲家ルイスへの愛を秘めていた。しかし、才能に恵まれ気儘に生きてきたルイスにとって、テッサは自分の音楽をよく理解してくれる可愛い少女にすぎません。
ルイスはテッサの従姉フローレンスの洗練された美貌に惹かれてやがて結婚。ロンドン社交界の花形であるフローレンスは、夫ルイスを音楽界に華々しくデビューさせようと画策する。しかし、生来ボヘミアンのルイスは上流社会の秩序と虚栄心に愚かしさを感じ、妻フローレンスのお為ごかしにも苦痛を感じていた。
ルイスはかつての自由な生活の日々を思い起こしていたところに、ふとテッサの日記を目にして強い衝撃をうける。そこにはテッサの自分に対する恋心が切々と綴られてあり、そして自分が愛していたのもテッサただ一人だったと気づきます。
フローレンスに別れを告げ、テッサと霧の都をあとに夜の英仏海峡を渡ります。ブリュッセルの薄暗い宿屋に落ち着く間もなく、さながら宿命のようにルイスへの愛に生きた乙女テッサは、かりそめの幸福を永遠にと願いつつ、身も心も疲れ果て、消される灯火のようにはかない命を終わるのでした。
幼女のような純真さと寡婦のような強かさをもったテッサは、本当の気持ちを日記帳にしか明かしません。ルイスならずとも誰にもテッサの心は分かりません。大人に対する猜疑心は強く、将来に悲観的で、ルイスに会うまでは牧場の動物や昆虫たち以外には愛情をもてなかったのでしょう。芸術家の父に苦労させられ通して若く死んだ母は、テッサを愛する心の余裕がなかったのかもしれません。物心つく前から大人達の思惑に弄ばれて誰にも心を許さない頑なな少女に育ったのでしょう。
同じ音楽家であっても自由な考えをもち、父とどこか違ったルイスへの思いを絶ちがたく、ルイスの近くに暮らせるだけでも幸せと考えていました。しかし、ルイスからすべてを捨ててテッサとの愛に生きる決意を告げられ、いかなる迫害にも耐え、命を引換えにしても愛を得ようと心を決めたのでしょう。数ある愛の情景の中で、テッサの愛ほど純粋で一途なものはないでしょう。テッサを失ったルイスも、壮絶な愛の情景を心に抱いて、懐かしみ生きていけることでしょう。
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