「 一味違う回答コーナー 」

月刊「狩猟界」誌連載 

やさしいペットの精神科

 

  心理学コンサルタント  中嶋柏樹
やさしいペットの精神科 (11) 問題行動の解決法 その7
「異食」癖の行動変容

 

 グルメ・ブームが定着して、日本国中が“総グルメ”の様相を呈しています。ペットフードにも高級ブランドのグルメ缶が次から次へと発売されていて、飽食もついにここまでと極まった観があります。テレビでは何時もどこかの局で必ず温泉めぐりと名物料理の番組を放映していますので、いつのまにか全国各地の料理を「視食」してしまっています。そのために、見ただけで味がわかってしまうように思え、食べてみもしないうちにすべて食べ尽くしてしまったような気分になってしまいます。珍しい料理や食べ物が紹介されて、それを見たことも食べたこともなく、どんな味がするものかもわからないと、そのままにはしておけない気になります。

 そうしているうちに珍しい食べ物に興味を持ようになり、「いかもの食い」から「ゲテモノ食い」へとエスカレートするようになってしまいます。美容と健康への気遣いから有機農法で無農薬と言っていた人たちもいつのまにかエスカレートして、ずばり医食同源から中国の薬膳料理を取りこみました。これはもう「美味」を通り越して「薬味」そのものです。美味しいものばかり食べていて、美味しいものばかりを食べる生活に馴染んでしまった「美食嗜癖」患者でも若干の罪責感を意識することもときにはあるようですから、意識はあまりせずに免罪行為として、あたかも苦行のように薬膳料理を食べているのかも知れません。

 また「良薬口に苦し」ということから、不味ければ不味いほど気持ち悪ければ気持ち悪いほど、美容と健康に効果があるように思えるのかも知れません。食べ物の好みや食べ物の好き嫌いは「食べず嫌い」も含めて、生活文化やレベルとかなり相関があるようです。また、それらが親から子へどの時点で伝達され継承されるかは遺伝子水準まで追求してみても先天的か後天的か意見が分かれてしまいますが、いずれにしても親の影響が親の存在そのものからと養育や躾けを通して子供に及ぶことは確かなことでしょう。そして甘党や辛党と言われるようなものにも同じことが言えるわけですが、年齢とともに変化することも確かなようで、とてつもなく甘党だった時期があるかと思えば、ある時点を契機に甘党から辛党に宗旨変えしてしまうようなことも多々あります。

 嗜癖性や依存性をもつ飲食物は別にして、その他一般の飲食物の好み、好き嫌いは生理的なものと心理社会的なものとが複雑な比率で混合しているようです。ふつう女性は「甘いもの」が好みで、男性は「辛いもの」を好むということになっています。昔からそう言われていますし、誰もがそう思っています。しかし、生物学的に根拠があってのものではなさそうです。たぶん江戸末期の庶民文化がピークに達した頃に封建制度の瓦解を危惧して、その根底をつくる「男尊女卑」を確かなものにするための方策として、“女子供”は「甘いもの」を好み、男たちは「辛いもの」を好むと思わせるようにしたのでしょう。

 「辛いもの」は唐がらしやワサビの「辛さ」ばかりではなく、塩辛い「塩気」の強いものを言い、さらには「酸っぱい」ものも含みます。刺激が強くて影響力の大きいものの総称となっているようです。それに対して「甘いもの」は砂糖を代表とする自然甘味料からサッカリンのような合成甘味料まで多種多様の甘みがある現代に比べ、その頃の時代は穀類を糖質化させた水飴のようなものや甘酒のようなものしかなかったので、ほんのりと「甘いもの」しか知りません。現代でいう「甘味」をなめたら、その刺激の強さに驚き、おそらく「辛い」というに違いありません。「辛く」ないものは「甘い」といったりもするほど「甘味」とは縁がなかったのでしょう。

 御飯をコウジで醗酵させて、その醗酵初期段階で糖化した甘い溶液を“女子供“が飲み、次に、糖質がアルコール化した溶液を男たちが飲み、最終段階の醸造酢は調味料として利用したわけです。したがって「酒」は甘く無くなったもので刺激の強いものだから「辛いもの」に分類されます。酒好きを「辛党」という所以はここからのもののようです。「甘いもの」が大好きなはずの若い女性が、美味しいといってレモンを平気でかじったり、酸っぱいものを食べたがるようになると、からかい半分に「おめでとう」といって妊娠を疑います。うら若き未婚の女性でも女子中学生であっても、妊娠などあろうはずがないと従来の観念で思い込んだりせずに、妊娠可能年齢であれば妊娠と思ったほうが意外にも間違いないようです。

 意外に感じたのは意外性があったからで、その意外性を感じさせる理由があると見たほうがよいでしょう。近頃の若い女性だからと言えば、何が起こっても驚くに値しないという向きもあるかもしれませんが、食生活の嗜好が変わっても変わる理由がないというのでは不自然ですし、妊娠ではないにしても「異味症」とか「異食症」と言われる病気がいつのまにか進行していたということもあります。通常、「異食症」は「ピカ(Pica)」と呼ばれ、主にはお腹のなかに回虫・十二指腸虫などの寄生虫がいて消化障害を起こしたときに異常なものを特に嗜食したくなることを言います。

 しかし、近年は神経症のものが増加して、寄生虫によるものをはるかに上回ってしまっているようです。以上のように、妊娠を疑われてしまうほど「酸味」の強いもの、カボスやスダチのようなものであるとか未熟な柑橘類などを好むことが多く見られます。そのほかにも「辛子」「食塩」など「辛いもの」を嗜食したくなりますが、「生米」「木炭」「紙」「爪」などを好むこともあるようです。「爪噛み」は神経症の習癖ばかりとは限らず、逆に消化障害による「異食症」ということもあり得るわけです。この「ピカ」に子供が罹った場合には、「壁土」「庭土」「白墨」「線香」などを好んで食べるので「土食症」と言われることもあります。

 そのほかにも「クレヨン」「毛髪」から「ビー玉」「コイン」「石ころ」などまで飲み込んでしまったり、耳や鼻の穴に詰め込んでしまうことがあるようです。またアメリカで起きた事故で、壁からはげ落ちた塗料を食べて鉛中毒になる小児が多発して社会問題にまでなったということがあります。

 

 「異食」癖の行動変容

 

 人間と同じように「異食症」はペットたちにも発症し、なかでも犬は発症率が高いようです。犬の口は人間の手と同じ意味合いがあるわけですから、好奇心の強い人がどんなものでもちょっと手に取るように、好奇心の強い犬はどんな物でも舐めたりくわえたりしてしまうわけです。躾けが十分でなく、「拾い食い」癖をもつ犬は一見「異食」癖と見間違えてしまいそうですが、落ちているものは手当たり次第なんでも口にしても、飲み込みはしません。しかし、閉じ込められて放置されるなど過剰なストレス状態となったときなどには「異食」癖も持ってしまうことになります。また腐敗したものや犬猫の糞などを食べてしまうような場合は、好ましいとは思えなくても「異食」癖とは言い切れません。

 野鳥や獣を捕食して栄養価の高い内蔵と胃腸内容物を好んで食べることから、理にかなった食行動ということができ、「糞食動物」と分類されることもあるようです。
 人間の「異食症」と同じく、犬の「異食癖」も「ピカ」と呼ばれています。この「ピカ」となる犬には幾つかの共通した特徴がみられます。

 まず第一に、家系・血統による遺伝負因が考えられます。

 第二には、子犬のころから絶えず口で何かをしています。

 第三には、噛むものがないと、自分の身体の一部を齧ります。

 第四には、食べてはいけないものを口にしたときには、飼い主からその場で取り上げられてしまった経験が多々あります。

 第五には、口にくわえたもので引っ張りっこをするのを好みます。

 という以上の五項目は通常の犬にも見られますが、普通の犬では同一犬が五項目すべてを持つことはなく、その程度もそれほどではありません。しかし、問題のある犬の場合は断続的であっても常にこの行動をもち続けています。

 愛犬が「ピカ」となっても、お行儀が悪いとか体裁が悪いと飼い主が感じる程度のことで、食べたり飲みこんだりしたものがそのまま排出されてしまえば、それほど問題にするようなことでもないように思えます。しかし、尖ったものをいつのまにか飲み込んでいて原因不明の吐血や血便に驚かされるとか、腸管を通過しないものを胃袋に溜めこんで開腹手術ををうけるはめになってしまうとか、どう考えても起こって欲しくないことです。犬は人間が手にするものは、どんな物でも興味があるようです。私達が興味をもつと手にとって見定めるように、犬は臭いを嗅ぎ、舐め、齧りくわえて「品定め」をするようです。

 そして、おおいに興味がもてるものか、たいして興味のもてるものではないかと判断がつかないうちに取り上げてしまうと「取り逃がした獲物」のように、異常な未練と執着をいだき続けます。また人間の子供とまったく同じように、十分に手を掛けてもらっていない犬は、叱られることでも相手にしてもらえることを望んで口にくわえます。異物を口にくわえたり口の中に含むと飼い主が血相を変えて取り上げようとするので、相手にしてほしいと異物をくわえ、飲み込むと車に乗せて病院へ連れて行ってくれるのですから、飲み込むことが「寂しさ解消」の前兆と学ぶのでしょう。

 愛犬が「ピカ」行動をとったときに飼い主は、他の犬に比べ散歩も遊んであげることも十分してあげているはずと納得できない不満を訴えることが少なからずありますが、要は愛犬が満足しなければ十分とはいえないのです。少しで満足する犬と沢山でも満足しない犬がいても不思議なことではありませんが、固定観念で決めつけず、愛犬の反応を観察しながら工夫して「少しで満足」してくれる方法を捜し出してください。(つづく)

 

 

 

 

      

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