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宇宙飛行士やジェット機のパイロットたちは、定期的に航空身体検査という途轍もなく厳しいチェックをうけて、常にその基準を満たしていなくてはなりません。心身のコンディションを整えておくことを心掛け、食事内容や喫煙、飲酒などにも気を配りませんと、減圧時に体腔内や血液中のガスが膨張して激痛を発したり、脳血栓で失神という事態をも起こしかねません。また重力や遠心力への耐性が低下して視力を失ったり、位置感覚を失う空間識喪失を起こしてしまうことも考えられます。このようなことから、もともと心身ともに健全な要員が、健全な状態を維持しながら任務についているということなのでしょう。
ところが、意外にもスーパーマンのような宇宙飛行士やジェット機のパイロットに“乗り物酔い”があると言います。さらに驚いたことには、その“乗り物酔い”の予防薬は、家庭で料理に使ったりもする重曹(炭酸水素ナトリウム)が主成分なのだそうです。市販薬トラベルミン(抗ヒスタミン剤)などよりも効果が期待できないような感じがしてしまいそうですが、米空軍ではジェット戦闘機が実用化された朝鮮戦争のころから現在まで40年以上も服用されて定評があるのだそうです。その薬効のメカニズムが解明されているわけではないようですが、効果があることから追認されているということなのでしょう。
精神科の治療薬で特徴的なものに「プラセボ」と呼ばれているものがあります。「偽薬(ぎやく)」とも言われ、主に薬物依存を防ぐために使用されています。薬効成分のまったく含まれていない錠剤やカプセル剤がもっともらしく作られていて、睡眠薬や鎮痛剤を飲まずにはいられなくなった患者さんに偽薬であることを知らせずに飲んでもらいます。そして精神依存から身体依存への移行を阻止し、ある時点で偽薬であることを知らせます。ある一定の期間を睡眠薬や鎮痛剤を飲まずに生活ができていたことを自覚してもらい、結果的に依存が単なる思い込みであり、その薬物を常用しなくても生活ができると思えるようになってもらいます。
内科など一般科でも、このプラセボの意味合いで「乳糖」を投与することもあるようですが、真剣に利用されることがないためか、患者さんは経験的に「服薬を止めさせたいときには、この薄甘い粉薬が処方される」と気づいてしまっています。また不定愁訴などの症状を検査の結果で異常なしと説明を受けたのちにも訴えますと、ビタミン剤や精神安定剤を処方されることも経験的に知っていますので、この粉薬のままでは芸がないのかも知れません。元来、乳糖は微量の薬の増量として、飲みにくい薬の矯味剤として、あるいは小児栄養として使用されるものですが、ひと舐めしてみればほんのり甘く、ミルクのようなものであって薬らしくないことは誰にでもわかります。
不安神経症や不安感の強い患者さんに投与された抗不安剤が70%の効果があり、プラセボでは、60%の効果があるとするならば、どちらにもほぼ同様の薬効があると言えるわけです。耐えがたい不安が抗不安剤で軽減したと実感したように、薬効のないはずのプラセボでも不安が軽減されたと実感したわけですから、不思議です。このような考え方からすると、宇宙飛行士やジェット・パイロットの「酔い止め薬」は主成分が重曹ということから、当初はかなりプラセボ効果を考慮して処方されたのではないかと思います。彼らから「酔い止め薬」としての効果を認められて航空医官たち専門医は嬉しい驚きを持ったのではないでしょうか。
確かに重曹は胃酸を整えて“胃薬”の効果はあるわけですし、舐めてみた味からも“特効薬”と思えるでしょう。アウトドア・ライフと聞くと、まっ先に思い浮かぶのがキャンプですが、オフロード車の普及とともにオート・キャンプが盛んになっています。シーズンにはオート・キャンプ場ばかりでなく、一般のキャンプ場にもキャンピング・カーが並び、テントがひしめき合います。洗い場やトイレへ行くときに、海水浴場の砂浜のように混雑したテントの間を通り抜けますと、その場の雰囲気に馴染まない光景に出会います。家族全員で来るから家に残して来れないというのが理由らしく、ペグに繋がれたイヌやネコを見かけ、籠に入ったセキセイインコやチャボを見かけ、さらにはキャンプに来るような格好をしていないお年寄りを見かけてしまいます。
共通して誰もが「参加していない表情」をしていて、暑さに耐え、仕方なくその場にいるといった様子です。そもそもキャンプは暑い時期には向いておらず、この時期のものは水泳や水遊びをして一日中ハダカで過ごすなら楽しくやれるというものです。ですから、一緒に水泳や水遊びを楽しめるイヌ以外は「我慢大会」に参加させられているようなもので、気の毒どころか熱射病の心配すらあります。こういった状況でイヌが車に乗せられるときは、嫌がっても乗せないわけにはいかず、無理やり乗せられると酔って吐くことになり、飼い主を困らせることになってしまいます。乗用車の後部座席で運転者側が一等席であると言われていますが、最近は助手席のほうが好まれて上席のようになっています。
ピカピカに磨き上げられたスポーティな車を若い男性が運転し、助手席に若い女性が乗っているときは、まず間違いなく“カップル”であるか、あるいはそうなることを望む「アッシーくん」であることが多いようですが、この状況で若い女性があえて後部座席に乗っているときは“カップル”に間違われないための意思表示と解釈しても間違いないようです。ファミリー・カーをお父さんが運転し、お母さんが助手席に座って子供が後部座席に乗っている場合と、子供が助手席に座ってお母さんが後部座席に乗っている場合とがありますが、たまたま偶然と考えるよりも助手席は「ナンバー2の席」と認識したほうがよく、あきらかに“優待席”となっています。
膝に乗ってしまう小さなイヌは別としては、大きなイヌが後部座席ではなく助手席にどっかりと座っている場合も同様に考えたほうがよいようです。さらに見逃せない事実として、大きなイヌが助手席にどっかりと座っているような場合に、希ではあってもそこを「ナンバー1の席」と思い鎮座して、家長であるはずのお父さんに「運転させて乗っている」ことがあります。家庭の中で、お父さんの存在が希薄で指導力を発揮していると思えないようなときに、指導性と支配性に富んだリーダー犬は「家族という群れ」を保護し、統率しなければならないという使命感を持つためのようです。イヌがイヌらしからぬ顔をして平然と自動車に乗せてもらっているのをよく見かけるようになり、わが家の愛犬も同じようにしたいと思ったときに、一つの問題が生じます。
可愛い愛犬を自動車に乗せて一緒に楽しいドライブと思っても、子供のころから乗せてもらった経験がないと「酔って」しまいます。緊張して「お漏らし」をしたり、「吐いたり」します。嫌がるのに、そのうち馴れるからと無理やり乗せて、事故につながることもあります。
生後2〜3カ月の頃から自動車に乗る習慣をつけさせるのが面倒がなくて一番よい方法ですが、成犬になってからも「乗り物酔い」にならないように躾けることも可能ですし、すでに「酔う」ようになっていても矯正は十分に可能です。乗り物酔いは「動揺病」とも言いますが、激しい揺れや回転による刺激が過度となって内耳の前庭三半規管で感覚された情報を大脳が知覚しきれなくなると、不安定感、眩暈(めまい)、吐き気、動悸、不安感を起こす生理的な反応です。しかし、電話が集中して輻輳状態で不通になるのと似て、デジタルの電気信号が過密となると大脳が処理不能となり、さらにまた激しい視界の変化に対応できず起こる視運動眼性反射で、その状態を増幅させることとなります。
そして過度の情報が閾値を越えると直接に自律神経系に反射が起こり、胃腸や心臓の機能が乱され、症状が発生します。内耳の前庭三半規管が司る平衡感覚の発達が完成する中学生の年齢以降は、この生理的反応が顕著となりますからすぐに不快を感じるようになりますが、小児や幼児の未発達な平衡感覚はむしろ快(愉快)と感じるようです。このことは、子供たちがシーソーやブランコなど遊園地の揺れる遊具を好むことからもわかります。
これと比べイヌなどペットたちはかなり早い時期に平衡感覚の発達を完了させていますが、揺れや回転など異状体感は快になればこそ不快とはならないようです。それらに続いて生起する現象が、生体に快をもたらす体験を多く持つものと逆の体験を持つものとでまったく相反する反応を獲得することになりますが、いずれにしても異状体感そのものは「注意を払う」以外のことはないようです。突然に抱えあげられたのは、可愛がられるためなのか、虐待されるためなのか、というようなそれぞれの体験に基づいた予測をしているだけのようです。異常反応は体験によって「条件づけられた」情動ということなのでしょう。
「乗り物酔い」の治療には催眠暗示による方法が手軽で効果的ですが、ペットたちには理屈のうえで可能でも実際的ではないので、「系統的脱感作療法」という手技を用います。この治療法は花粉症などアレルギーやアトピーの治療に利用される方法であって、まったく感作しない微量から徐々に増量し、感作したら「慣らし」て感作させなくし、また、さらに増量を徐々に続け応分量の負荷に感作しなくなった状態を治癒とします。乗り物恐怖症など「恐怖症」の治療法とまったく同じで、ペットの「乗り物酔い」治療は、まず停車している自動車の座席に座らせます。不安や恐怖を感じる必要のないことを優しい愛撫とともに説得し、反応を起こさないようだったら始動し、エンジン音を聞かせ、振動を感じとらせます。
当初は若干の恐怖感を持っても、少し落ち着いたら称賛を与え、次の段階に移ります。ドアを閉めて数分間の走行をし、その状態に慣れたら様子を見ながら徐々に走行時間を延ばします。称賛によって安心を与え、完遂する意志を支えます。自動車に乗るという初めての体験に不安や恐怖を与えず、一緒に乗る楽しみを教えれば喜んで「同乗」するようになります。赤ん坊や幼児のように「乗りたがって困る」ほどになることは、さほど難しいことではありません。(つづく)
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