「 一味違う回答コーナー 」

月刊「狩猟界」誌連載 

やさしいペットの精神科

 

 心理学コンサルタント  中嶋柏樹
やさしいペットの精神科 (13) 問題行動の解決法 その9
「おもらし」の行動変容

 

 映画スターも舞台の俳優さんもその衣装をつければ、どんな時代の、どんな人物にもなることができます。いろいろな人間といろいろな人生を経験できるのは、まさに「役得」ですし、「役者冥利に尽きる」という言い方があるくらいです。確かに、人生を豊かにするにはエピソードをたくさん作ることだと言いますし、そもそも「知るは楽しみなり」とも言いますから、普通の人生を歩んだより数倍の経験ができるのは愉快なことのように思えます。しかし、それは衣装と扮装とかの外見だけのことで、実際のところ、その人物になり切ってしまえるのは、ごく希な機会だけかもしれませんし、役者冥利に尽きているのもごく一部の役者さんだけなのかもしれません。

 老中細川忠興に扮装した役者さんが越中ふんどしを締めるほど役柄に徹しているとは思えませんし、密林の王者ターザンの衣装の下には競泳用の水着をつけていなかったら不安でしょう。クレオパトラも楊貴妃も小野小町もいかなる役にも、共通しているのは扮装の外見だけということでしょうから中身は現代そのもので、金歯や予防接種の跡は仕方ないとしても、時どき腕時計をつけたままでNGになることもあるようです。制服は職業身分を明確にし、従事しやすいように機能的なつくりになっています。しかし、これも外見ということだけになり、レーシング・ドライバーは耐火性の下着をつけ、SPなどの警護官は防弾チョッキを衣服の下につけることがある以外は、特に変化はないでしょう。宇宙飛行士も深海作業員も"ぬいぐるみ"のロボットのような気密服で与圧されていますから、予想外に特殊な服装は必要ではありません。

 ところが、ジェット戦闘機のパイロットは被弾穿孔を仮想する特殊任務の性質上、12万フィートの上空でもキャビン内は与圧されていません。空気は薄く酸素も希薄なために酸素マスクから加圧酸素が送り込まれます。マンガのように考えれば身体は丸くふくれて風船のようになってしまいますから、そうならないように下腹部と下肢を与圧服でつつみ締め上げます。パンツとモモヒキのような下着をはきますが、縫い目のふくらみが外側にでるように作られています。ちょうどひっくり返してはいている様なものと考えればよいのです。このようにすべて着替えているのは、戦闘機乗りぐらいではないでしょうか。もっとも空中戦で重力が6Gも8Gもかかると尿失禁を起こし、そのための備えはないので、そのまま「おもらし」だそうです。数十億円もする最新鋭のジェット戦闘機から降り立ったパイロットのお尻が濡れていると思うとチョッピリ愉快な感じがしないでもありません。

 最近、ようやく市民権をえてTVのCMにも登場するので見かけるようになった「失禁パンツ」は、泌尿器の構造上、漏れやすい女性が密かに悩まなくてもよくなった証のように思えます。病気ではないと言われても、煩わしいものだったに違いありません。授乳中のお母さんがおっぱいの漏れを防ぐために利用する吸収パットと同じようなものと周囲が見てくれるようになれば、ずいぶんと気が楽になるのではないでしょうか。病気としての「おもらし」には、「遺尿症」があります。昼と夜と両方の「おもらし」を言いますが、普通、夜のは「夜尿症」と言い、昼のを「遺尿症」と言ってしまっています。この言い方は正しくありませんので、「おねしょ」と「おもらし」というふうに区別したほうがよいように思います。

 「おねしょ」と「おもらし」は、あまりにもポピュラーとなっているので、あらためて説明をすることもありませんが、「おねしょ」と「おもらし」が世間ではあまりにも精神的心理的なものと思い込まれてしまっている点はいささか問題があるように思います。その原因が精神的心理的であることが多いことは確かですが、厳密にそうであるというためには、泌尿器の奇形や病気あるいは神経学的な異変の有無などをすべて確認し否定されたのちでなければなりません。また、心配するなら4歳過ぎてから心配すればよいものを、3歳から心配してくるお母さんが少なからずいます。小学校へ上がる年齢になれば13%までに減少し、四年生になるとわずか6%になってしまいます。林間・臨海学校や修学旅行の際の対策をあらかじめ考えておけば、そのうちに治ると楽観視していてよいように思います。

 心配し過ぎのお母さん現象は、育児ノイローゼと似て気がね、気苦労のある家族親戚の中で孤立無援状況から起こることが多いようですが、洗濯をする手に水道水が冷たく感じられるようになったとか、陽光が弱くなり洗濯物や布団の乾きが悪くなったと感じる十一月になると、病院や教育相談所を訪れるお母さんが増えることからも、季節によって変動が見られるその程度に心配となるお母さんが多いことも確かなことでしょう。病院や相談所に来なくなったからといって、治ったわけではないようです。「おもらし」や「おねしょ」の子供には、その子供が積極的に治したがっている場合と、まるで治す気があるようには思えない場合とがあります。

 前者はアラーム・パンツやアラーム・シーツ(遺尿症治療器)を利用すれば3ヵ月以内にすんなりと治ってしまい、親子でカウンセリングを受ける必要はまったくないように思えますし、後者のような様子が見られる「おもらし」や「おねしょ」は意外なようでも少なくはなく、精神的心理的なものが原因となっていると見てほぼ間違いはないようです。弟妹が生まれて「おねしょ」が始まってしまうとか、家庭の事情で十分な手が掛けられない場合に「おもらし」が治りにくいと言われていることなどが典型的な例と言えるでしょう。

 

 「おもらし」の行動変容

 

 普通、一般的なイヌの「おもらし」は、見知らぬ人間や新しい飼い主に対面したときや、あるいは馴染みのないイヌや馴染みがあっても上位であるイヌと対面したときに、強圧で屈伏させられる恐怖感から「服従をあらわす」意味合いで漏らすものが主なものです。また、家庭犬や愛玩犬に多く見られる「おもらし」は、可愛がらる一方で躾けや服従訓練などとも無縁に育ったワンちゃんの甘え(依存欲求というよりは遊び相手を求めるような)が際限なくエスカレートしたときに起こります。

 ペットとして飼い主の思いどおりになっていたワンちゃんたちも、1歳前後の頃から自分を主張するようになり、ワガママを通すようになります。マテとスワレ程度のものでも毎朝必ず服従訓練として生活習慣となるように行っていれば、好ましくない行動をマテとスワレで制止することができますが、ワンワンッと鳴きわめかれたり、ネエネエッとばかりに前足で催促されたら、泣く子と地頭にはとばかりに応じてしまったり、面倒でも叶えてあげようと思ってしまいます。少々の無理があっても、それに応じていられるうちはよいのですが、のべつ幕なしに遊んで欲しいと要求されても応じきられるものではありません。

 子供たちは忙しいしお年寄りは時間があっても体力がありませんから、のべつ幕なしの相手をできる者は結局家族の中には誰もいないということになります。誰が見ても十分に遊んでもらっているようであっても、当のワンちゃんが十分と感じていなければ、常に不満足ということです。例えば、“可愛がり度指数”(6)で飼い主が無理なく可愛がっていると感じるとします。“可愛がり度指数”(5)以下は飼っていても可愛がっている意識はなく、“可愛がり度指数”(8)は仕方なく無理して求めに応じている状況とします。そこに遊んでもらえず不満を感じているそのワンちゃんが“可愛がり度指数”(10)レベルを要求したとします。そして飼い主はその要求に音をあげて仏の顔も八度までと拒絶したとします。

 そうしたら、要求すればどんなことにも応じてもらえていたワンちゃんは拒絶された経験がありませんから、要求が伝わっていないのかと思ってしまいます。相手にしてくれない飼い主につきまとって要求を伝えようとしますと“可愛がり度指数”(8)の耐性があった飼い主でも我慢がきかなくなり、急に(5)以下となってしまいます。そのつもりがあったわけではないのですが。しかし、どんなにまとわりついても相手にしてくれない飼い主でも、放っておけない状況になれば放っておかなくなります。椅子やテーブルの足を齧るとか、絨毯やカーテンを引き裂くなどイタズラをしでかせば放っておけない状況になりますが、齧ったり引き裂いたりしてはいけないと知っているワンちゃんは「おもらし」をします。

 たまたまの経験から「おもらし」は処罰の対象にならないで、「手を掛けてもらえるもの」と学んでしまうようです。隙あらばとねらう甘えん坊ワンちゃんは、叱られてもよいから相手にしてほしいと思っていますから、スワレとマテを勉強させられるのでもよいのです。スワレとマテを躾けられることも、スワレとマテをしてほめられることも、すべて楽しいことなのです。甘えん坊ワンちゃんの「甘え」は、すべて満たされるのです。喜んでいうことを聞くようになります。もちろん、「おもらし」も必要なくなってしまいます。飼い主の気持ちとしては、あらかじめ「わかっている世話」は面倒ではありません。「予定外の世話」が面倒なのです。(つづく)

 

 

 

 

 

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