「 一味違う回答コーナー 」

月刊「狩猟界」誌連載 

やさしいペットの精神科

 

 心理学コンサルタント  中嶋柏樹
やさしいペットの精神科 (15) 問題行動の解決法 その11
飼い主への攻撃癖の行動変容

 

 “いまどきの若者は”という言い方は、東大寺の天井裏やピラミッドの石室内に落書きとして残されていたということですから、いまどきの「年寄り用語」として存在するばかりでなく、古今東西の“ある種の愚痴”の枕詞として人類の歴史とともに伝承されてきたもののようです。自分たちの若い頃に比べて“いまどきの若者は”と年寄りたちは言い続けてきたわけですから、言うように少しずつでも変わっていたとするなら360度回転して元にもどってしまうでしょう。どんなに変わっても人間という制約の範囲内であって、宇宙人にまで変わるわけではありませんから、すぐに一回転して元にもどってしまうに違いありません。

 よく似ていると言われた者同士は、頑として互いに似ているとは思わないわけですから、年寄りたちが“いまどきの若者は”と言いたくなるほどの変化を感じたとしても、そう「思いたい気持ち」がそう感じさせているのではないかと思います。このようなことから、間違っても“いまどきの若者は”などという言い方はしないようにと常々心掛けていても、それでも近年の青少年が理解に苦しむような変化をしていることは間違いないようです。団塊の世代が親となり、その子供が豊かな社会に生まれ育ち、学校へ行く意味や就職する意味を見いだせなければその気になれないというのも、ハングリーを経験したことがないからということで、なんとなく理解できるように思います。

 しかし、個々人のこととしてはおさまらず、社会問題にまでなってしまっている「問題行動」と「精神障害」については、いままでになかったようなものが次々と出現しているようです。かつての青少年の問題行動と言えば、非行、自殺、家出ぐらいしかなかったわけですが、薬物乱用が登場し、続いて暴走族、登校拒否、家庭内暴力などが加わってきました。このようなことは精神障害にも言えて、以前にはほとんど見られなかった非定型性精神病や境界例(ボーダーライン・ケース)などが注目され、続いて仮面うつ病、五月病、スチューデント・アパシーなどが諸家によって提唱されてきました。ほとんどが青少年を主とするもので、しかもわが国に特の多い点が注目されるところです。

 可愛くてたまらないワンちゃんが、いつまでも忠実なパートナーでいてはくれなくなり、ついには服従を拒否するようになってしまったらどうしましょう。成長するにつれて勝手な行動をとるようになり、指示を無視するばかりでなく、鼻に皺をよせて威嚇したり噛みついたら、飼い主はどんな思いがするでしょうか。群れの上位に立ち統率するリーダー犬の素質をもつワンちゃんが、可愛がる一方でまったく躾ける努力をしない飼い主と生活をともにすると、社会性を身につける機会をもてない“内弁慶犬”となってしまいます。“内弁慶犬”でも家の外には興味がなく、飼い主とだけの暮らしで満足でき、わがままいっぱいに好き勝手をしても飼い主が耐えられるならば、それなりに幸せと言ってもよいでしょう。

 どんな事態が起こっても片手でひょいと持ち上げて、どんなに鳴きわめいても押入れに放り込んでしまえばOK、万事解決というワンちゃんであれば問題にはなりません。しかし、中型犬以上の大物だったらどうしましょう、飼い主は怪我ではすまなくなり、身に危険を感じることになってしまいます。ネコのようにおとなしいからといって、ライオンをペットにしないほうがよいのと同じです。猛獣使いはライオンに「従位」であることを教え、猛獣使いのナワバリの中にライオンを招き入れ“借りてきたネコ”にしてしまってから芸をさせているのです。“めくらヘビ”の自信は「とんでもない事態」になって気づかされ、自信を失うと「数倍も臆病」になってしまいます。

 ワンちゃんが「理由もなく噛む」ことはありません。仮に理由もなく噛みつきそうな素振りを見せるのは、幸いなことに滅多に遭遇することはありませんが、リューマチ、甲状腺分泌低下、脳水腫、白内障、糖尿病、ハイパー・アクティビティ(そう病)など、さらには棘のある草の種が耳の中に入っているときなどで、飼い主がそれに気づかず症状が慢性化してイラついているときです。このようなことがないかぎり、理由もなく噛むようなことはありません。また、このようなときは普段いままでとは様子が異なるので“普通でない”状態であることは気づくはずです。

 飼い主との関係が逆転していて、ワンちゃんが飼い主を意のままに動かしている生活の中で、気まぐれのように“飼い主らしく”振る舞ったりしたときに、下位の主から面目を潰された気がして威嚇し警告したくなるのです。さらに、執拗にされれば噛みたくもなります。例外的には飼い主が可愛がって躾けたつもりでも、威嚇と体罰だけで育てたようなことになっていると、常に脅えやすい性分になり、過剰な反応を起こしてしまう恐れがあります。叱る、あるいは体罰を加えようとしたときに噛んだならば、それは身を守る「防衛反応」であって、一方的に噛咬癖と決めつけてしまったら気の毒で、弱者擁護の必要がでます。一尺の犬にも五寸の魂ですから、彼らの「犬権」を認めて「意思」を尊重しなければならないでしょう。

 「可愛いから優しく撫でてあげようと思ったのに、噛もうとした」という不満を時に耳にすることがよくあります。ワンちゃんにしてみれば触って欲しくないのに触られ、触ってほしくないところを触られるのです。そこで、その執拗さに対する警告の意味で「噛むぞ」と脅かしたのです。拒絶に不満を持つのは「人間の傲慢」であって、ペットという言葉の中にパートナーという意味は微塵もなく、ほとんど「奴隷」と同義語なのでしょう。このことは、立場をかえて考えればすぐにわかることで、放っておいて欲しいとき、静かにしていたいとき、それを許さないと言われたら一緒に暮らせないと思うでしょう。

 穏やかに育てられ、丁寧に躾けられたワンちゃんでしたら、触って欲しくないところを触られたときには、その手を口でそっとくわえて止めさせます。見ず知らずの人だったら噛んでしまったかもしれないところを、飼い主の手だから噛まないという関係がつくられていることが望ましいのです。

 

 飼い主への攻撃癖の行動変容

 

 ワンちゃんに噛まれたことのある飼い主は、そのショックから、飼い続けることをためらうようになります。しかし、自らも反省すべき点が少なからずあるので、即座に手放すことをためらいます。そして、手放すことを勧めてくれる人に事情を説明し、どうしたらよいか相談します。自信をもって飼ってくれる人を探すよう勧めてくれるのでしたらよいのですが、一度でも飼い主を噛んだ犬は再び噛む可能性は大きいなどと「薬殺」でも勧めかねない言い方をする人は少なからずいるので困ってしまいます。野生のトラが人間を襲うとヒト喰いトラと呼ばれて恐れられ、必ず人間を襲うから捜し出して殺さなければいけないというのと同じ考え方なのかもしれません。しかし、ヒト喰いトラは老いて野生動物を捕食できなくなったから人間を襲うので意味合いがまったく異なります。

 飼い主を噛んだことで、二度再び噛んだりしないようにと、厳しく「体罰」を加えることはかなり一般的です。しかし、体罰は効果的とは言えず、関係をますます硬化、悪化させ、ついには鉄格子の中から散歩に連れだせなくなってしまったりします。飼い主を攻撃するようになってしまった関係の改善は、まったく逆のようですが、絶対に「体罰」を用いないことです。いままでは、どこへでも自由にさせていたものを、急に室内に入らせなくしてしまうのも婉曲な「体罰」ですから、ワンちゃんには飼い主の意図がわからず混乱し、不安感を募らせるだけで改善にはつながりません。
 関係改善の第一歩としては、「心理的距離」をおくことです。これはいままでの関係を消滅させるための冷却期間と考え、努めて感情的でないようにして欲しいのです。もちろん、餌やりとトイレ散歩など必要最低限の世話はしてやります。撫でて欲しがったりすり寄って来ても、撫でてあげる気にならなかったら無理はしないことです。

 数日たって撫でてあげてもよい気になったら、新たな関係をつくり始める時期と考えます。これからは飼い主がリーダーであってワンちゃんはそれに従う関係をつくります。撫でて欲しくてすり寄ってきたら、すぐに応じてしまうのではなくて、まず「お座り」をさせます。お座りをしていたら「伏せ」をさせます。命じたことに素直に従ったら、愛撫してあげます。そしてお座りと伏せをしている時間を延ばし、「服従訓練」の意味を持たせます。食餌のときにはきちんと「お座り」しても、そのとき以外では「お座り」を命じても飛びつくとか、どこかへ行ってしまうとか、横を向いて知らん顔をしているとかでは、飼い主の命令に従えるようになってはいません。食餌前の「待て」をきちんと励行し、きちんと守らせる必要があります。すぐにでも食べたい気持ちをじっと我慢して、「ヨシ」と言われ、許された喜びを幾度も経験させ「汎化効果」を促します。

 無茶な命令であったら、忠犬ハチ公でも従わないでしょう。無茶な指示に無理やり従わせようとしないで、なぜ従わないのかを考えてみてください。可愛いはずのペットも人間の子供も、その行動を表面的に捉えたらさらにこじれ、解決を遠くに追いやってしまいます。社会規範というケージは許されるかぎり大きなものにしてあげて、その中ではまったく自由に振る舞うことを認めてあげて欲しいのです。好みを押しつけて「お為ごかし」では、逆襲されても仕方ありません。(つづく)

 

 

 

 

 

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