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お母さんのお腹の中ほど安らげるところはないというのをきくと、誰もが懐かしいような思いとともに納得してしまいたくなるのではないでしょうか。なんでもなく過ごしているときには気づくようなことでないと思いますが、過剰なストレスにおし潰されそうになったときなどには、「回帰願望」とか「胎児願望」といって、母の胎内にもどりたい気持ちが無意識的にも働いてしまいます。“ふて寝”のように頭からフトンをかぶって寝てしまっているときも、“ふて寝”と異なるのは自然に手足を縮めて胎児のような格好になっています。そして、それが極端なときには押入れや納戸の中に“かくれんぼ”のように閉じ籠って、目をつぶり、耳を押さえてしまっていることとなります。
寒いときには寒気にさらす体表面積を小さくして体温の放出を少なくしようと縮こまるように、ストレスをさけて縮こまる姿勢が胎児のそれに酷似しているのです。そして一見して同じように見えるところから誤解されてしまうわけですが、ご承知のようにストレスをさけて縮こまる姿勢には力が入っていますが、胎児はもっとも弛緩した状態にあるのです。胎児は、この世に生を得てから産まれ出るまでを子宮の中で過ごしても、ぬくぬくと“温室育ち”のように過ごし、成長しているのではありません。宇宙空間を浮遊する宇宙飛行士のような状態のままで時間の経過とともに自然と成育していると思ってしまいがちですが、最近の研究からいえば、今まで想像していたものとは大違いで、胎児はすこぶるエネルギッシュで自らの力で成長しているとすら思えるほど刺激に反応し動き回っているのです。
超音波監視装置による観察結果では、母親が妊娠に気づいたころにはすでに胎児は動いています。母親の動きの影響を受けてケンダマの球のように揺すられたり飛んだり跳ねたりという受動的な動きと、母親が就寝中などで静止した状態のときに胎児だけがケイレン様の能動的な動きをするのです。全身をピクピク、ブルブルと小きざみに、そして時に激しく揺すります。それは胎児が内側から成長し続けて、今までの身体に収まり切れなくなって“脱皮“するようなもののように思えてしまいます。そして、それを定期的に繰り返して胎児は成長し大きくなっていくようです。
妊娠三カ月の終わりごろはまだ妊婦の自覚も持てずにいるころでしょうが、そのころに胎児はすでに飛び上がったり、ひっくり返ったりして元気に動いているのです。しかし子宮には感覚がないので、こんな早い時期の胎児の動きを母親は感じたりはしないのです。胎児の動きがわかるようになるのは妊娠中期になってからで、胎児が育ってその動きが子宮の外側の腹壁に伝わるころになってからです。動きはコントロールされ逆立ちし、頭は下側にあることが多くなっています。頭は足より重いから下向きで安定するという単純な理由のほかに、頭が上にあるときは脳への血液の流れが減少して苦しいので自らの力で逆立ちを維持しょうとしているのです。胎児のうちに大人と同じにまで発達する唯一の器官である平衡感覚器官は、このころまでには完成しているので、位置の変化をつねに感じとっていることは確かです。
逆子で生まれた子供は学齢期になっても平衡感覚が弱く、運動神経の発達に遅延が認められることからも、子宮内でも平衡感覚が弱かったことが想像できます。妊娠後期になると、胎児は大きくなるから身体全体を動かすのはむずかしくなり、お母さんのお腹を蹴ることもできなくなります。そのかわりに手足を動かし、手遊びをし、親指を吸います。生まれたばかりの赤ちゃんの笑顔は口の周りの筋肉のケイレンで、胎内で成長を促すためにケイレンしていたものと同じで未熟児に数倍も多いことが知られています。2カ月過ぎると目も笑い笑顔らしくなりますが、ただ単に未成熟なエネルギーが反射的に放出されたために起こったものでしかありません。
感情が伴い、本来の笑顔になるのは8カ月を過ぎてからで、不安や恐怖などの感情がはっきりするのもこの頃からです。知らない人が近づくと不安を感じ、驚かされると恐怖を覚えます。これと同じことが母親など馴染みある人からであれば安らぎを感じ、イナイ、イナイ、バァでキャッ、キャッと歓喜します。しかしながら、これら情緒的な反応にも歴然とした個体差が見られ、それはアンバランスな「発達」の差であると同時に「遺伝」によって受け継いだ因子の違いによるものと考えられています。
“三つ子の魂百までも”という言い方は、ワンちゃんの場合にも当然あてはまります。子供のころの性格特徴はそのまま一生涯持ち続けるもので、生後4週から6週齢で判定できる行動特性(外向的か内向的か、積極的か消極的か、攻撃的か服従的か、という)は成長してからも通用することが経験的に確かめられています。ワンちゃんの性格は、生まれつきの部分が核となって環境との相互作用によって肉付けされた部分をその行動から識別したものです。同腹産子のワンちゃんたちは、少なくとも六週齢ぐらいまではほぼ同じような環境の下で育ちますが、それぞれが異なった遺伝子を受け継いでいるので同じ環境から異なった影響を受けて、すでにこの時期には反応として異なった行動をとることとなります。
さらに環境は「導水路(キャナライゼイション)効果」という影響と「呼び水(エディケィション)効果」という影響を、成育中のワンちゃんに与えます。前者は「方向づけ(ディレクショナル)効果」ともいい、持って生まれた資質には関係なく強い影響を与えます。もともと内気な性質のワンちゃんが不安定で騒がしい環境で育てられた場合には、その傾向はますます強められ、臆病で扱いにくいワンちゃんになってしまいます。また元来は好奇心旺盛で攻撃的なワンちゃんでも、支配欲の強い飼い主に育てられれば(体罰を受けて育つようなことはなくても)服従的でちょっとしたことでもお漏らしをしてしまうような気の弱いワンちゃんになってしまいます。
このように生まれつきの性格をますますエスカレートさせてしまう場合とまったく正反対の性格に育てあげてしまう場合があります。また後者は「E琢 (オケイジョナル)効果」ともいい、主に持って生まれた好ましい資質を育てて十分に発揮ができるように作用したものを言います。そして、それには偶然的なものと人為的なものとがあります。すでに絶滅したと思われていた牧羊犬が僻地にその特質を残して生息している場合などとドッグショーのチャンピオン犬などがその例です。猟犬などの系統を固定して作業犬を作出することも好例ですし、有史前の家畜化からバイオ技術による遺伝子操作まですべてが含まれます。
「シャイ」と「臆病」の意味合いはほとんどオーバーラップしていますが、シャイには「生まれつき」の意味合いが多く、臆病には「あることがきっかけで」という後天的の意味合いが多く含まれているようです。ある出来ごとがあってからシャイになったとは言わず、持って生まれた性分という意味で使われることからもわかります。「シャイ」な性分で飼い主を困らせるワンちゃんのほとんどは“内弁慶“であるようですから、対になっている”外幽霊“の行動を変容させてあげれば問題解決ということになります。生まれつき気弱だったから(仕方なく)という理由で、可愛がり過ぎて”甘えん坊“すなわち「依存癖」のあるワンちゃんにしてしまったわけですから、飼い主以外の人間や同族であるワンちゃんたちと交流がもてるよう「慣れ」て「習慣化」できるようにしてあげればよいのです。
基本的には花粉症や皮膚炎などで知られるアレルギーやアトピーの治療法に用いられている「系統的脱感作法」という手技を利用します。この方法は花粉症を例にとって説明しますと、症状を僅かにひき起こす程度にまで希釈した花粉に慣れさせることで症状を消失させ、症状が発生しない程度に徐々に増量します。元の濃度にまで戻して発症がなければ完治ということになり、花粉が舞う季節になっても、かつての症状が引き起こされることがなくなったということになります。
ワンちゃんの人見知り(そして“犬見知り“)を直すためにも、同様の「徐々に慣らす」方法を用います。たくさんの人たちが集まる公園の広場やスーパーマーケットの出入り口近くに繋いでおくと、初対面でも友好関係を作ろうと根気強くアプローチしてくれる犬好きな人がいてくれるので、飼い物などから戻ってきたときに鉢合わせすることがあったら、「お世話になっています。またよろしく」との気持ちを込めて笑顔で会釈するとよいでしょう。そして散歩コースに犬が飼われている家の前を離れて通り、だんだん近づいて通るようにして慣らすとよいでしょう。
花火のような破裂音や落雷の音などにかつて驚き怯えて以来、怯えるようになってしまったときには、やはり同様の方法でそれらの音をテープレコーダーで聞き取れないほどに小さな音量から再生し、最大音量までに慣れて驚愕、怯え反応を引き起こさないようにします。もちろん、驚愕、怯えの反応を起こしたときには、やさしく撫でて「怖くないよ」と話しかけてあげるのは言うまでもありません。飼い主の優しさと自信に満ちた態度から、怖がらなくてよいことを学びます。(つづく)
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