「 一味違う回答コーナー 」

月刊「狩猟界」誌連載 

やさしいペットの精神科

    心理学コンサルタント  中嶋柏樹
やさしいペットの精神科 (6) 問題行動の解決法 その2
「引っ張りリード」は未必の故意
乗馬も犬の散歩もその気があるかないかで

 

 乗馬は人馬が一体となるスポーツです。馬から伝わる振動が全身を刺激し、賦活する自分を感じます。冬の寒い朝に霜や氷を蹴散らして馬を走らせると、寒風に頬や鼻先は凍てつく痛みを感じますが、身体の内側からホカホカと温かみが湧きだし、全身に広がります。そして、ついには熱くなり防寒衣を脱ぎ捨てしまいたくなるほどです。しかし、同じようにバイクでで走らせたら、寒風が身にしみ入りガタガタと震え、指先や足先は凍えてしまい、ひたすら寒さに耐えながらということになります。

 一見、同じように見えても大変な違いで、乗馬は意図せずに心地よい全身運動が得られる「両得」のスポーツです。乗馬には、「乗せて」もらう乗馬と、「乗る」乗馬があります。「乗せて」もらう乗馬は観光地などで馬方さんに引いてもらって乗るものと、あたかも遊園地のゴーカートのように初めてでも独りで自由に乗りこなすことができ、手綱の右を引けば右にまがり、左を引けば左にまがる、かかとで脇腹を蹴る強さと鞭をあてる強さに応じてスピードも強まりますから、いかにも経験があって自由に乗りこなしているかのように乗せてもらうことができます。

 そのような馬は、広い馬場をぐるりと一周してくるように調教されていて、手綱をひけば引いたように、脇腹を蹴れば蹴ったように応じた動きをしますが、なにもしなくても同じように動くのです。そして、どんなに操るつもりで手綱をひいても、広い馬場をぐるりと一周してくるだけであり、せいぜい右まわりか左まわりを選べるだけです。ご存じのように「乗る」乗馬はそのための技術の熟練が必要で、自動車を運転するためにはクラッチ操作やハンドル操作が巧みである必要があるのと同じように、運転免許証は必要としないものの、馬へのまたがり方、手綱のさばき方などからまず習得しなければなりません。

 ただまたがるのでよいのは引き馬に乗せてもらうときで、乗馬のときは内股からくるぶしまでの間で馬の腹を挟み、かつ馬の上下運動にあわせて尻を上下させなければなりません。これをしないでドッカリ座ってしまうと、トントントンともち上げられてバレー・ボールのように放り飛ばされてしまいます。手綱もただ握っていればよいのではなく、ダラーんと垂らしていたのでは、握っていないほうがよいくらいです。ダラーンと握っていると馬が首を下げるのに気づけず、前方に振り落とされて痛いめにあわされる危険すらあります。手綱はピーンと張って握り、馬のわずかな動きを感じ取れるよう、また手首の動きがサインとして馬に伝わるようにして、初めて手綱として機能するのです。

 ダラーンと垂らしてしまっていたら意思は伝わらず、「遊び」ばかりのハンドルのようです。乗馬用に調教された馬に乗馬の経験がまったくなくて乗ったら、どのような結末になるでしょうか。またがったままか、数歩歩いて止まったままか、走ってくれたとしても、トントントンにあわせてズルズルズルとズリ落ちてしまうでしょう。最悪の場合は蹴りかムチで暴走して、振り落とされてお尻をしこたま打つことになるでしょう。しかし、馬が「大きいから」とか「力が強いから」などという人はないでしょう。そして、現に小さな子供や女の人が上手に乗っている例もたくさんあることから、「小さな子供や女の人は力が弱いから無理だ」とか、「男の人でなければとても無理」などといういう人は決しておりません。馬に乗れるのと乗れないのとの差は、ただ単に「技術」と「その気があるかないか」だけの違いと言って良いと思います。

 ところが、「犬の散歩のはなし」となると、あたかも世間の常識であるかのごとくに、まったく同じ口からも「小さな犬の散歩はまだしも、大きな犬は力が強くて女や子供では散歩には連れて行くのはとても無理よ」と言われてしまいます。大きな犬の散歩は女や子供では無理であるという言い方を乗馬に置き換えてみますと、乗馬用に調教されていない馬は野生馬のようで、とても女や子供では乗りこなすのは無理であるということになります。この言い方には暗に「大きな犬でも十分に訓練ができていれば、女や子供でも散歩に連れて行ける」という意味が含まれています。ということに気づいて意識している人は少ないと思いますが。

 

 「引っ張りリード」は未必の故意

 

 たいがいの場合において、犬を飼いたがるのはお父さんか子供たちです。お母さんが飼いたがる場合はごく希です。犬を飼いたがるお父さんにしても子供たちにしても、犬を可愛がりたいと思って飼う気になりますが、面倒をみようとする気持ちはさらさらないようです。巧妙なお父さんが犬を飼いたいと思うと、子供たちに飼わせようとします。子供たちが喜んで飼いたいというと、お父さんはもっともらしい顔をして責任と義務について説明をし面倒をみることを命じます。子供たちが面倒をみるといっても、お父さんもお母さんも三日坊主であることは99%承知しています。1%程度の期待はしないわけではありませんし、建て前としては教育的ではあります。そして結構なことですから、あからさまに私たちの子供が…と言ってしまうわけにもいきません。

 しかし、本音では「子供が厭きてもお母さんが世話をするだろう」と思い、「結局は私が面倒をみるしかないでしょう」と思います。お母さんの仕事は家事と育児だけど子供に手が掛からなくなったのだから、それを考えたら犬の世話ぐらいしても文句はないだろうとお父さんは思っているのではないでしょうか。お父さんは会社で仕事、お母さんは家で家事と育児という性役割分担の延長線上で「押しつけ」が許されると考えているのでしょう。子供が犬を飼いたがって世話も散歩も十分にできている例と、お母さんが犬を飼いたがって世話も散歩も十分にできている例は少なからずありますが、ほとんどの場合は押しつけられたお母さんが世話をし散歩もしているのではないでしょうか。

 押しつけていないし、押しつけられたと感じることもないにしても、誰も面倒をみようとしないから面倒をみざるを得ない、仕方なくという声も聞かれます。このような状況で犬は飼育されているわけすが、仕方なくか義務感で面倒をみていても餌やりとウンチ掃除ぐらいでは困難さは伴いません。しかし、散歩となると手に負えなくなることが多いようです。引っ張られて転びそうになるので、怖くて散歩はしてあげられない。小さな犬だったらよかったのに、引っ張る力が強くてどうしようもない、という言い方はよく聞かれます。子犬のときには手に負えないほど大きくはなく、力が強いわけではありません。毎日の散歩のときに一緒に並んで歩くよう、出すぎないよう遅れないようリードをほんのちょっと引っ張って教えてあげればよかったのです。

 元気がよくて、前へ前へとグングン引っ張っていても、どうしようもなく引っ張っているのでありませんから、教えてあげれば、意外なほど素直に従います。許してくれていると感じるから勝手な振る舞いをするのであって、許さないことを知らせれば従順な振る舞いをします。このようなことは、わかり切っているようにも承知し切っているようにも思えるのですが、なぜか適切な対応をしようとする飼い主は少ないのです。面倒くさいのかも知れません。何とかなると楽観視しているのかも知れません。雪の坂道で小さな雪の玉をころがすようなもので、坂下に着くころには巨大な雪の塊が猛スピードで落ちてくることになり、大きな被害をもたらすことは目に見えています。しかし、大きな塊となって猛スピードでころげ落ちていくのを目撃するまでは、その事態に気づきません。

 シマッタとか大変なことになるぞと思っても、「スピードが速すぎて止めようがない」、「大きくて重くて止めようとしたら潰されてしまう」と同時に思い、「どうしようもない」、「手がつけられない」と言います。これと同じです。こんなつもりではなかったと思っても、「故意」と見なされます。「引っ張りリード犬」になってしまうと、お母さんと子供たちは散歩に連れて行けなくなります。お父さんが仕方なく朝と晩に散歩に連れて行くことになりますが、「引っ張りリード犬」を止めさせようとする散歩ではなく、ただどなたも必死に引き合う「綱引き」をやってしまっているのです。「どうだ、お父さんは負けていないぞ」と言って家長としての実力を必死に誇示しているのかも知れません。

 「引っ張りリード犬」にしないための「躾け」は幼年期にするものと思っていて、成犬になってしまったら後の祭りと思ってしまっているようですが、「行動変容」はいつでも可能です。しかし、ちょっとやってみたいというのでは、やらないのと同じです。  やるからにはなにがなんでもやり通す決意をもってほしいものですが、決意をする自信がないという人は無理をして決意しなくても結構です。しかし「運動靴」を履いて「皮の手袋」をしてください。できればジョギングウェアのようなものを着て、少々汚れても気にならないような身支度で、「勝手は許さない」という方針で散歩に臨んでください。

 いきなりの本番にためらいを感じるようでしたら、その前段階として、家の前の道路を10mぐらい行ったり来たりするだけでも十分です。必ず左について歩くように引き綱でコントロールしてください。引き綱のことを「リード」と言いますからリーダー〔leader.指導者〕となって、「楽しい散歩」ができるようにリード〔lead.導く〕してあげてください。気がむいたら何時でもというような自由は与えられていないのですから、リードの先を持って一緒に行ってくれる人がないと散歩はできません。「引っ張りリード」が原因で散歩ができないまま放置されたら、最悪の場合には「拘禁反応」を起こして、吠えつくなど問題行動を次ぎから次ぎへと起こしてしまうこととなります。 (つづく)

 

 

         

 

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