アウト・ドア & クッキング

 月刊「狩猟界」誌 掲載

 痛快な都会の田舎ぐらし


 Part 1  手軽に薫製を楽しむ 

 

 多摩川は都民の心のオアシスです。造園と
遊具ばかりで立錐の余地もない公園に比べ
て、なんにもない河川敷きの原っぱは自由
な利用目的に対応しています。    

 東京西部に位置する多摩地区は、都庁がある新宿に近くも緑が豊かで、市街地から多摩川そして多摩丘陵へと眺むと、イギリス中部の地方都市を連想してしまいます。そして、その東部の府中には、南に多摩川と多摩丘陵がただ一ヶ所だけ接したところがあり、河川敷から丘陵に広がるゴルフ場は「都会の田舎ぐらし」に格好の背景となってくれています。 自宅の東隣には、鎌倉時代に建立されたという禅寺があります。鎌倉幕府の北辺の守りとして戦時には出城として機能したとのことで、木立の中には土塁と空堀の跡も残り、広大な敷地には保育園や関連施設が点在していても、樹齢数百年のケヤキが鬱蒼とした杜を つくり陽光がとどかないところもあります。

 近くの住民が東西南北縦横に通り抜けて出来た小道が幾本も走り、人通りは決して少なくありませんが、その小道からほんの少し入っただけで深山幽谷の趣があります。火を焚いて煙を上げても誰も気付かないので、「燻製づくり」には最適です。朝にセットして、夕方には美味しい温燻(おんくん)ができます。 南はわずかに河岸段丘の下り坂となり、600mほど先には多摩川が流れ、右上にぽっかりと富士山が頭を出しています。もともとは遊水池と河川敷で、かつては新田義貞軍と鎌倉幕府が戦った古戦場ですが、現在は公園にとそれを繋ぐ遊歩道があり、それから郷土の森と称する古民家園とレクリィエーション施設があり、そして健康センターと称する体育施設群と多目的緑地などが点在しています。造園業者の植木畑と芝畑が、そして農業高校と大学農学部の実習農地がその間をうめて豊かな緑を感じさせてくれています。

 近くの乗馬クラブは、馬場の騎乗ばかりでなく、道産子などで多摩川の河川敷をキャンプしながら数十Kmも遡る外乗をしているので、自動車が徐行して通るわきを野営道具や食料を山積みにしてキャラバン隊のように数頭が行き来して、のどかな光景を見せてくれています。

 

 

お寺の杜で燻製づくり 

 お寺の杜で燻製づくりといっても、著者の仕事部屋から直線距離で50mぐらいで、ぐるっと回っても80mぐらいです。土塁と空堀の中間で崖の中腹といったふうで、お寺の保育園と車の通る道から共に20mのところにある秘密のアジトで作ります。 朝起きて仕事が始まるまでの間にワンちゃんたちの部屋を掃除して、食餌を与え、散歩に出るときに、前の晩に準備しておいた燻財を持って行きます。

 食用油の缶で手作りの燻製器の上缶をはずし、下缶に新聞紙一枚分を丸めて入れ、その上に枯れ葉を乗せ、小枝を乗せ、両手で折れる程度の太さの木枝を入れ、マッチで火をつけます。そして勢いよく燃え始めたら、付近に落ちていた太い枯れ枝を集め1m ぐらいに鋸で切っておいたものを5〜6本入れます。それも燃え落ちて下缶に収まったら上缶を乗せます。上缶が乗ると炎は消えて煙ばかりとなります。

 

         お寺の杜は小径からわずかに入ると深山のよう。
        誰も知らないシークレット・ガーデンは多目的広場
        で、愛犬とノーリードで遊ぶのに最適の場です。土
        塁と空堀の間で平地はここだけ、林の中は上り坂と
        下り坂ばかりで愛犬の脚は遊びながら鍛えられます。

 上缶に煙が充満したところに、塩漬けにして程よく塩抜きし半陰干しした肉か魚を吊り下げます。上蓋を乗せて煙がほどよく出ているのを確認して、出来上がりを待ちます。  その間のワンちゃんたちは作業が済むのをじっと待ちますが、ときに気になってか鼻をめいっぱい空に突き上げて臭いを嗅ぎ、おもむろに燻製機の周りをうろうろします。好物のご馳走が詰まった缶は気になっても、熱気が邪魔して近寄れません。
 枯れ枝を勢いよく燃やした時よりは緩やかになっても、燻製作りが始まってから数時間というものは煙は立ち昇り続けます。揺らめく煙は木立の間をぬけて、遥かな梢まではっきり目立って立ち昇りますが、わずか数m離れただけで誰も気付くことはないようです。  夕方になって燻製の出来上がりを見に行きますと、森の香りが漂い、黄金色に輝く燻製がひっそり待っていてくれます。

 燻製といっても低い温度で長時間燻さなければならない冷燻(れいくん)だったら、こんなわけには行きませんが、手軽に作れて、むしろ味の良い「温燻」こそ素人の手作り向きだろうと思います。

 

 

  

アウトドア簡便燻製法

  昔の人たちの知恵で、獲れすぎた魚や獣肉を保存するために工夫された方法の一つが、この燻製です。しかし、ただ塩蔵したものや乾燥させたものに比べ、旨味が出ることから保存ということよりも、嗜好のためという意味合いが強くなっているように思います。それは国や地域によって考え方に違いがありますが、長期の保存に適さなくても、旨味が増す「温燻法」は明らかに嗜好のためと言えましょう。

 最も原始的な燻製法は、焚き火の上に吊して、煙で燻し、ほどよく乾燥させるものですから、バーベキューの網の上に塩コショウした豚のバラ肉を乗せ、その上から穴をあけたダンボール箱か食用油缶を縦半分に切断したものを被せて、数時間したら出来上がるという簡便法はたいへん手軽な方法と言えましょう。
 休日に川原などへ日帰りキャンプに行って、一日遊んで過ごした帰りには、味も香りも本物の「手作りベーコン」をお土産に持ち帰ったら喜ばれるに違いありません。

                 空缶利用法

 焚き火による方法は、煙のコントロールが難しいので、写真に示すような食用油などの18L缶を二つ重ねる方法をお勧めします。石油缶でもオイル缶でも一度空焼きをして臭いを無くせば使用できます。下缶用の缶は上蓋を缶きりで切り取り、下部に五寸釘などで穴をあけ、空気流入口を作ります。上缶は上蓋と底を同様に缶切りで切り取り、上部に太めの針金を二本等間隔に渡し、固定します。そして先端を10cm長めにとり、中程から内側に曲げて把手にすると作業が容易になります。塩漬け肉をS字の針金に引っかけ、上缶の上部に渡してある二本の針金にくっつかないように交互にぶら下げ燻します。

             食用油の缶は錆びて腐食しやすい反面、
            入手が容易で細工が簡単だから、長所と
            短所を承知していると燻製器には最適で
            す。スーパーや飲食店に頼めば無料でく
            れ、缶切りかブリキ鋏で簡単に工作でき
            使い捨てのつもりで使用できます。

 

               クッキング・ホイル利用法

 空缶利用の燻製法は、ちょっとした空き地でもベランダでも簡単にできますが、それも難しい場合には、台所で調理器具を利用します。支那鍋の底にホイルを敷き、ザラメ砂糖と緑茶を混ぜておき、その上に餅焼き網を置き、塩漬け肉を置いて燻します。 支那鍋をガスコンロに乗せ、ほどよい煙となるまで強火で熱します。ほどよい煙が出るようになったら、煙量が減少しないように様子を見ながらめいっぱい弱火にします。 そして全体をクッキングホイルで包み、上部に排煙口となる間隙を開けておき、ほどよい流れを確保します。 この方法で燻製を作れば、サンマを焼いたときのような煙は出ず、クサヤを焼いたときのような臭いは出ません。最も周囲に迷惑を出さない燻製法です。

 

              最も一般的な簡易燻製法 

 

 一般的な燻製法と言っても、幾つもの方法があります。そして、ほとんどの場合は市販の「燻製器」使用を薦めていますが、前述の空缶を利用してもなんら不都合はありません。しかし、両者の鉄板の厚みに若干の差はあっても、いずれにしても錆と腐食で半永久というわけには行きません。使い勝手と耐久性の両方から木製のものを薦めます。  厚手のベニヤ板かヌキ板で手作りすれば安価にでき、そのままでもペンキを塗っても質感の高い燻製器となります。トタン屋根をつけてウッディハウス風に作れば、風雨に曝されるベランダや庭の隅に作りつけにできます。それを眺める楽しみもでき、使用前後の設置と片付けが不要で便利です。

 燻製は塩漬けの肉や魚の生乾きをオガクズで燻したものという燻製の原理を踏まえれば、手順も見当つくと思いますが、使いながら工夫して使い勝手をよくして行くのも楽しみのうちです。燻製用のオガクズも、市販されているチェリーやヒッコリーがよいと言われていますが、製材所や木工所からもらった鋸クズでも十分使用できます。よい香りも異臭も煙になると強くなりますから、鋸クズを嗅いでも区別はつきませんが、新建材は勿論のこと、マツやヒノキなど針葉樹は避けなければなりません。

 燻製の香りは焚き火の香りでもありますから、燻製に焚き火の香りを感じるだけで、うま味は倍増します。焚き火の香りだけで十分と感じられないようでしたら、月桂樹の葉を混ぜることもよいし、またハーブを試してみてもよいでしょう。ブレンドして、好みの香りを創ってもよいでしょう。

 

               燻製材料と作り方の例

 

 燻製材料は、入手しやすい豚リブ、鳥手羽、羊チョップ、虹マスなど、手当たり次第に 何でも試してみるとよいでしょう。大きな塊では塩加減や燻す温度と時間など難しく、いきなり成功というわけには行きません。肉は切り身から魚も切り身や小ぶりなものを使用すれば、まずは大きな失敗もなく徐々に腕を上げられます。  豚のバラ肉でベーコンを作る"基本的なプロセス"を説明しますと、

(1)バラ肉のブロックは1cm程度にスライスして、塩コショウして約2時間おきます。 (2)肉の幅の狭いほうにS字形の針金を引っかける。 (3)オガクズと、細かく砕いた月桂樹の葉をよく混ぜてバットか平皿に拡げる。中心に火のついた豆炭を置き、時間を長く燻したい時は香取線香様の工夫をする。上部の間隙から安定した煙が出ているのを確認して完成を待つ。
 燻す時間は30分から1時間程度で、好みによって加減します。塩加減や燻煙時間は一応の目安とし、少なめから徐々に増やし、いきなり多くしないのが肝腎です。  市販のものでは味わえない本物を味わえる魅力は病みつきになる程ですが、小鳥の声や流れの水音を聴きながら、立ち上る煙を眺めながら燻製が出来上がるのをぼんやりと待つのはさらに至福千年のいっときです。