アウト・ドア & クッキング 

 月刊「狩猟界」誌 掲載

 痛快な都会の田舎ぐらし


 Part 2  週末に農夫を楽しむ 

雪が降ると犬は庭を駆け回るという童謡は
本当です。嬉々として駆け回るだけではなく
寝転んだり雪を食べたり雪の中にすっぽりと
頭を突っ込んだり幸せそうです。
     

 

 日当りの良い庭付きの一戸建て住宅でないと、土に親しむ生活はできないと思うのが常識となっています。都会に澄んでいたら、ベランダのプランターで草花か ハーブの類を楽しむしかないと思われています。しかし縛られない発想で工夫し、底を抜いた牛乳パックをプランターの上に重ねたり、使用できなくなった黒いビニールのゴミ袋で根もの野菜を作っている人はいます。

 ビルの屋上に畑土をダンプ・トラック数台分も入れて、そこを農園にしてしまっているような例もあるようですが、畳二枚縦並べ程度のベランダに植木鉢やプランターで用土を置き、壁に支柱とネットで這わせ、天井から吊せば、立派な家庭菜園となります。家族で食べきれず、ご近所におすそ分けするほどの収穫が期待できます。

 

 

 

              荒れ地を開墾して農園主に

 

 ちょっとした工夫で、土に親しむ趣味とゆとりを楽しむ人たちの健闘は祝福に値しますが、痛快な都会の田舎暮し人の痛快たる所以は、ちゃっかりと広大な農地の農園主となることです。 お寺の社の中に秘密燻製製造基地を勝手に設けてしまうように、多摩川の河川敷にこっそりと畑を開墾してしまうのです。そして、土手の上に立ち、遥かわが農園を望んで悦に入り、してやったりと痛快な気分に浸るところにあります。

 河川敷から丘陵地に移る途中の灌木雑草地帯は秘密の農園に最適と言えます。特に斜面に立ち入る人はいないので、耕地にしても踏み荒らされることはありません。そのまま土手カボチャを作ったり、枝豆を作ったりするのに好適です。 また、多摩川の河川敷の葦原は多摩動物公園の動物たちに新鮮な青餌を供給するために管理されています。春から秋まで定期的に刈り取って、冬になると春に向けて枯れた葦を焼き払います。

 これは原始的焼畑農業を彷彿とさせてくれますし、刈り取る機械が入れないニセアカシヤなどの林の周囲は秘密の農園になりうる格好の場所です。  こういったところはトウモロコシなど背の高い作物が目立ちにくいので、高く伸びる作物に向いています。  また、同じ河川敷の続きに警視庁の警察犬訓練用グラウンドがあります。ハードルなど訓練用具が常設されていて簡単な柵で囲われているだけですが、土手側に向け警視総監名で立ち入り禁止が公示されているので、まったく近寄る気が起こらないいかめしい雰囲気となっています。

 おかげで川側の柵にそってトウモロコシを二畝植えておいても、滅多に引き抜いたり、実をもがれてしまう被害はありません。公然と二畝植えると受粉率が高まり実付きがよくなるので、葦原に隠して植えたトウモロコシ畑よりも格段の収穫量となります。

  


周囲を葦原に囲まれ、秘密の農園は日溜まり
の中にあります。これといった防寒対策は
なくても、野菜かちは伸びやかに生育して
くれています。 
            

 

              週末農夫の勘どころと心得

 

 痛快な都会の田舎ぐらし人の週末農業は、文字どおり週末の休日農業でなければならず、その間を家族にまかせる"三ちゃん農業"にしてしまったら、痛快などという看板は下ろしてしまわなければなりません。そのためにも週一回の作業で、ある程度の収穫が見込める作付け計画が必要です。  農作業をとおして土に親しみたいのと、買って食べていたのでは味わえない本物の味と香りを欲するだけなのですから、無理をしないことが肝心です。  そして、毎早朝の愛犬との散歩で多摩川の河川敷を走るときに、秘密の農園を見回って生育状態を見ればよいのです。日照り続きのとき、長雨のとき、そして台風一過のときなどは、倒れていないか流されていないか異常を確かめればよいのです。

 毎朝の見回りも習慣にしたら、面倒ではありません。 また、河川敷に広大な農園を所有したと思っていても、なんといっても勝手に拝借しているわけですから、一瞬にして今までの努力が水泡に帰することも時にあることを承知しておかねばなりません。誰も立ち入ることはなく、台風で増水しても冠水の心配はない一級の農地と思っていても、橋の懸け替え工事や河川敷にある運動施設の改修工事でダンプ・トラックが出入りするための道路を作るために、ブルドーザーがあっというまにすべてを微塵にしてしまうことが時にあります。 これは勝手を戒める神のご意志と解釈して、感謝すればこそへこたれてはいけません。

 

 

 

 

              週末農夫の修行と精進

 

 秘密の農園は突然に消失する可能性が常に存在しますので、確実で安心できる農園も確保しておく必要があります。農家から土地を借りて"一坪農園"を耕している知人に頼んでもらい、それに位置や広さなどに自分の好みを加味した"一坪農園"を貸してもらいます。  この方法は良質な"一坪農園"を借りるに最善であるばかりでなく、同じ土地で営農しているプロのお手並みを拝見することができて、さらにそこで素人百姓が汗を流してどの程度のものが収穫できているのかを確かめることもできるよい方法です。

 家庭菜園の手引き書を数冊読んでも、あくまで参考です。自分が作りたいものをプロがどう作っているか、そしていつ頃どんな作業をしたらよいか、どこに注意すべきかをプロに教えてもらいます。ところが親切丁寧に教えてもらっても、いざ自分でやってみるとわからないことが出てきます。しかし、あまり幾度もたずねると迷惑になってしまうので、知人の一坪農園主に詳しく聞き直します。  プロに質問をするときには質問できるよう、ある程度上達してからでないと、破門されてしまいます。しかも、一坪農園の貸主でもあるわけですから、機嫌を害して貸してもらえなくなってしまったら泣きっ面に蜂です。

 この地のお百姓の言葉に「秋の一日は春の七日」という言い方があります。立秋を過ぎると日照時間は一日ごとに短くなりますから、秋の作業の一日の遅れは春の七日の遅れと同じであるという戒めの言葉です。週末農夫はいちばん大切なことに対応できない弱点をもっているので、つね日頃に極力休みをとらないようにして、ここ一番というときには休みをとれるようにしておきましょう。


刈り残された葦原の中に、ひっそり息づく
秘密の農園。ニセアカシアの林がその目印
です。寒風は頭の上を吹き抜け、地上は
汗ばむほど暖かい。  
        

 

               週末農夫の年間作業心得

 

 週末農夫の収穫野菜は、よくも悪くもスーパ−の野菜と比較されてしまいます。プロが作るものに負けないようなものを作りたい気持ちはわかりますが、最初から立派な外観の野菜をたくさん収穫しようと思わないことです。失敗の積み重ねが腕を上げるのは、野菜作りの場合でも同じです。どこがまずかったかと反省して、来年に向けて思索する気持ちを大切にしたいものです。  また、週末農夫は無農薬有機栽培にあえて挑戦したいものですが、農薬を使わないと虫がついたり病気にかかるのは事実です。しかし、どんな害虫も病気も最初はほんのわずかです。  毎朝の見回りに微妙な変化を見逃さず、変化が表れたら直ちにその葉や虫を捨て去ることが基本です。

 春に備える 二月に近づくにつれ寒さの本番を覚悟しますが、暗いはずの朝が明るくなっていて、春の忍び寄りを感じさせてくれます。まだ朝は寒く、夕暮れは早いので、週末農夫はこの時期にまとまった作業時間はとりにくいものです。ゆとりをもって、早めに計画を立てるよう心がけます。播種の時期をずらせば、季節はずれの収穫や夏の端境期の葉菜も期待できますが、無理をすると病気に罹りやすいなどの欠点も出てきます。

 土作と種子の準備 冬季は寒気にさらし、休耕していた土を掘り起こし、天地返しをします。そして、そのときに元肥として十分な堆肥をすきこみます。一坪農園の貸主は貸地の地味を肥やすことには賛成で、堆肥をいくらでも提供してくれます。自分で堆肥を作ることを考えたら、感謝感激です。  種子はプロが購入している種苗会社を利用し、店頭で購入するときには採取年月日を確かめましょう。また最近の品種の多くは一代雑種ですから、二代目からは品質が劣化します。そのために、自家採取の種子は利用できません。

 

 

 春に播く野菜 種子を春に播く野菜は、晩春に収穫するもの(シュンギクなど)と、夏どり(トマトなど)、秋どり(サトイモなど)があります。霜柱が残るうちは、戸外での直播きはできません。多くの野菜は20度Cほど必要です。ニンジンなどは光がないと発芽しない好光性種子で、反対にダイコンなどは暗くしないと発芽しない好暗性種子です。 好光性種子は、厚く覆土すると発芽が阻害されます。直播きは4月以降に可能となりますが、果菜類は温度不足で発芽しにくいので苗を購入したほうが得策です。 苗を選ぶポイントとして、太くがっしりしたもので葉は縮れていないもの、そして芽も傷んでいないもの、根はしっかり張ってついている土が多いものが良苗です。

 夏の手入れと種子播き 梅雨から初夏にかけては野菜の伸び期です。見るごとに大きく伸びてますので、本格的な支柱を準備する時期となります。腋芽も伸びますので早めに摘み取りましょう。ナスは一番花の主茎とすぐ下の二本の側枝を残して、そこから下はすべて摘み取ります(三本仕立て)。トマトは一番花が房になってつきますから、それ以下はすべて摘み取ります(一本仕立て)。 夏季はキュウリなどの野菜の収穫期ですが、葉菜は不足します。コマツナなどを播くと、間引き菜から長期に楽しめます。ナスなどの果菜類は水が切れると収穫が落ちるので、夕方にたっぷり灌水します。ジョウロで表面を濡らすだけではかえって表土を固めてしまい、水をしみ込みにくくしてしまいます。

 秋の種播きと収穫の後始末 九月に播いて冬穫りするものに、ホウレンソウなどの葉菜類、ダイコンなどの根菜類があります。収穫の終わった畑土は、たっぷりの有機肥料を混ぜて再生させます。ナス科、マメ科、ウリ科などは連作すると、イヤ地現象を起こし収穫が落ちます。 病原菌、有害ホルモンの蓄積と微量要素の欠乏などが原因と言われています。土中に根が残るとひどい悪影響が現れるので、できるだけ根を取り去ります。違った科の作物を組み合わせた輪作が、イヤ地を防ぐ、最も効果的な栽培法です。

 


多摩川の河川敷は都会のオアシスです。
都市公園にない自由があり、発見もあり
ます。手足を伸ばして、気持ちもリラク
セーション&コンフォータブル 
     

      

 冬の作業と防寒の工夫 冬と言っても関東以南では、日中から氷点下になることは希です。夜間の防寒さえ十分心がければ冬の栽培も難しくありません。防風、霜除け、太陽熱の有効利用が基本的ですが、北面の畝を高くしササの枝を野菜の上に斜めに刺せばほぼ目的を達します。  冬の太陽の入射角度は低いので、野菜がササの葉を破っていても日照を妨げることにはなりません。黒いポリエチレンで土の表面を覆うと、昼間の熱吸収は高くなり、夜間に地熱の放射を少なくします。敷藁より簡単で効果的です。