Part 3 果実酒を楽しむ |
南に流れる多摩川の下流方向は開け、そのすぐ先に東京湾が拡がっているかのような錯覚を起こしてしまいそうです。視界の左端には神社の社と競馬場の社が盛り上がり、右端は遊園地の大観覧車がそびえるこんもりとした多摩丘陵がはじまって、ずーっと西の山梨県方向まで連なりを見せています。多摩丘陵は東京西部から川崎と横浜にまたがる小高い丘陵地です。老年期の山肌が風雨に削り取られて浅い谷のようになった谷戸(やと)の連続に、雑木林、川、湧水のある池地、水田と休耕田から成り立っています。
この丘陵が生き残ったのは、小高い丘陵地であることから、ブルドーザーとチェーンソーが入り込みにくかったためと言われています。多摩ニュータウンなど住宅団地が数多く造成されたために林道やハイキング・コースは分断されたものの、豊かな緑を残して都市近郊の憩いの場所となっています。明治の元勲三条実美が隅田河畔にあった別邸対鴎荘を多摩丘陵が多摩川に張り出した桜の丘に移し、そこに明治天皇がしばしば訪れてアユ釣りやウサギ狩りを楽しんだということから、「聖蹟桜ヶ丘」という地名が京王線の駅名などに残っています。
いまは都立公園の一部となっている聖蹟記念館を起点にして、八王子の野猿峠までのハイキング・コースは数カ所を宅地造成で分断されたものの、百草苑、多摩動物公園、平山城址公園と、その周囲は多摩丘陵の豊かな自然を残していてくれます。
野原と山道は垂涎の宝庫
多摩川の河川敷にある林は、ほとんど「ハリエンジュ」です。120年ほど前に北アメリカからやってきてアカシアの名前で知れわたりましたが、本物ではないことから、「ニセアカシア」となりました。共生している根粒バクテリアのおかげで、痩地でもよく育ち、海辺の砂浜から高冷地の低山帯まで、日本各地に帰化して野生林として繁殖しています。ハリエンジュは高さ15mぐらいにもなる落葉高木で、初夏のころ葉の付け根から長さ15cmの花穂を垂れ下げます。甘い香りのある白色の蝶形花がたくさん咲き、ミツバチが群れ飛びます。
三分咲きぐらいのつぼみの多い花穂を摘み、そのままの姿で天ぷらに揚げるとおいしい初夏の香りを楽しめます。花穂をよく洗い、つぼみと花をしごき取り、熱湯に潜らせて冷水でさまし、酢の物、辛子あえなどで食べるのもオツなものです。半開の花を集めて洗って水気をきり、4〜5時間は乾かします。ガーゼなどで包んで、3〜4倍量のホワイト・リカーなどに浸け、花は1〜2週間で引き上げると、3〜5ヵ月で香りの強い辛口のネープルス・イエローのリキュールが楽しめます。スイカズラやフジも同じように食べたり、リキュールにして楽しめます(マメ科ハリエンジュ属)。
愛犬の散歩はリードをつけて街中を歩くよりも、ノーリードで広々したところを自由に飛び回らせてあげたいものです。複数頭を散歩させるときにはリードさばきの煩わしさからなおさらのこと、郊外で伸び伸びとさせてあげたいと思ってしまいます。多摩川から多摩丘陵にかけての野原と山道は格好の散歩コースで、いたる所に「キイチゴ」を見かけます。木になるイチゴはすべてキイチゴと呼ばれていますが、そのうちで「モミジイチゴ」だけをキイチゴまたはキイロイチゴと呼ぶのが正しいようです。モミジイチゴは山地のやぶ、林縁、沢ぞいなどに自生する、高さ1〜2mのトゲの多い落葉低木です。
葉は3〜5裂で、4〜5月ごろ前年枝の葉の付け根から花枝が伸びて、先に一個の白色五弁花が下向きに開いて人目を引きます。果実は径2mmほどの核果が果托に房のように集まったもので、光沢のある橙黄色で径15mmぐらいの球形です。6〜7月ごろに黄熟した果実を見つけます。 がくや果托は残し、中空の帽子状にポロリと取れてくる核果のあつまりキャップだけを摘み集め、くずれないようにさっと洗って水気を切ります。2〜3倍のホワイト・リカーなどに漬けますと、30〜40日でオレンジ・イエローになり、2ヵ月ぐらいから飲めるようになります。軽い香りと甘味にわずかな酸味が楽しめますが、果実はくずれやすいので2〜3ヵ月で引き上げます(バラ科キイチゴ属)。
日当たり良好な林間や河川敷の草原に自生する「ナワシロイチゴ」は落葉小低木で、花弁は淡紫紅色。小葉は3個で鈍頭か円頭、下面は綿毛で白い。6〜7月ごろ、汚れていない果実を取ります。
酸味がやや強く、2〜3倍のホワイト・リカーなどに漬けますと、軽い香りでさっぱりした味の、ロージィ・レッドからブライト・レッドに仕上がります。果実は特にくずれやすいので、2〜3ヵ月で引き上げます(バラ科キイチゴ属)。
多摩地区も昔は養蚕が盛んで桑畑が多かったせいか、いまも生け垣などに「クワ」の大木を多く見かけます。淡緑色から橙紅色、そして紫黒色に熟するクワの実は生食すると美味ですが、舌と指を紫色に染めて落ちにくいのが難点です。
ジャムにしてもジュースにしても楽しめます。3〜4倍量のホワイト・リカーに漬けますと、まもなく溶液は紅紫色に染まります。漬けて2〜3ヵ月のころは香りにクセがありますが、6〜8ヵ月で軽い香りとちょっぴり酸味のある、まろやかな甘さのクリムソン・パープルに仕上がります。果実はくずれやすいので15〜30日ぐらいで引き上げます。
またワインに漬けるときは2〜3倍量で、果実は10〜20日で引き上げるほうがよいでしょう(クワ科クワ属)。 お花見名所の土手の桜、公園の桜、校庭の桜、桜並木通りの桜と、「サクラ」はいたる所にあり、花が終わった後に小さなサクランボをつけます。野鳥たちは喜んでついばみますが、ヒトは食べられないと思っているようです。 ヤマザクラの実は、核果で径7mm、黒熟すると甘くて美味ですが、リキュールには紅熟のほうが色も味もソフトで万人むきです。 6〜7月ごろ摘み集めて、3倍量のホワイト・リカーかウオツカに漬けますと、3〜4ヵ月でオレンジ・イエローに仕上がります。辛味、苦味、わずかな渋味、そして甘味もあります。黒熟果で作ると色も味も濃く、喉を軽く刺激する味です(バラ科サクラ属)。
「スグリ」の実を噛むと酸っぱい。3〜4倍量のホワイト・リカーかジンに3〜4ヵ月ほど漬けますと、軽い香りと酸味を楽しむ味に仕上がります。淡黄緑色の未熟果では淡いクリーム・イエローになり、紅褐色の完熟果では濃色になり、ややサーモン・ピンクに色づきます。糖類を加えますと、飲みやすい美味しさとなります(ユキノシタ科スグリ属)。 「クサボケ」は秋に熟して黄色くなり、地梨とも言います。9〜10月ごろもぎ取り、黄熟したものは4つ割りにし、まだ青い果実は丸のまま、3倍量のホワイト・リカーになどに漬けます。3〜10ヵ月で酸味がつよく香りよく、レモン・イエローに仕上がります。 果実は5〜6ヵ月で引き上げるほうがよいでしょう(バラ科ボケ属)。 「ガマズミ」の柔らかく完熟した果実は甘くて、そのまま食べたり、酸味のきいたジャムにできます。
輝赤色の果実を2〜2.5倍量のホワイト・リカーかジンに漬けますと3ヵ月ぐらいで飲めるようになり、5〜10ヵ月で澄みきったチェリー・レッドに仕上がります。 さわやかな酸味にわずかな渋みと甘味がまじり、やや甘口。果実は5〜8ヵ月で引き上げます。黄熟する「キミノガマズミ」もあります(スイカズラ科ガマズミ属)。 「アケビ」の果実は、ぶ厚い果皮に包まれた黒い種子のまわりの甘い白い果肉を食べます。ぶ厚い果皮を食用にするなら、果皮の紫色が濃いものよりは白いほうが苦味は少ないようです。 9〜10月ごろに熟した果実をとり、スプーンですくい出した果肉を種子ごと2〜3倍量のホワイト・リカーからウオツカに漬けます。20日ぐらいすると溶液はクリーム・イエローに染まりますので、果肉は引き上げます。3〜4ヵ月で強い甘さとわずかな渋さのとろりとした味に仕上がります。
まだ裂けていない未熟果にナイフで切れ目を入れて、丸ごと3倍量のホワイト・リカーなどに漬けますと3〜4ヵ月でオレンジからレッド・ブラウンに仕上がり、甘くて苦さと渋さもある味になります(アケビ科アケビ属)。
「ムラサキシキブ」は10〜11月ごろに熟して濃い紅紫色になった果実を摘みとり、3〜4倍量のホワイト・リカーなどに漬けます。まもなく果実は白っぽく色あせ、溶液は赤褐色に染まり始めます。
5〜10ヵ月でやや薬っぽい刺激がさわやかで香りが強い辛口のオレンジ・スカーレットに仕上がります。
長く漬けておくと辛味が出てくるので、2〜6ヵ月で果実がくずれないうちに引き上げます(クマツヅラ科ムラサキシノブ属)。
選びたいアルコールとフレーバード・ワイン
果実を漬けこむアルコールは、ニオイにクセのない無色のものがよいでしょう。その意味で無色の蒸留酒から選ぶなら、まず第一にホワイト・リカーと呼ばれている「焼酎甲類」です。酒というよりは、日本薬局方のアルコールみたいなものです。イモ焼酎やムギ焼酎など「焼酎乙類」に比べて、まったくと言ってよいほど風味や香りはありません。 ホワイト・リカーのアルコール含有量は20%のものもありますが、濃度の高い35%のものが果実の成分をよく浸出させます。 また、「ドライジン」は、その爽やかな香りと辛さがリキュールに好適ですが、仕上がりの遅いのが難点です。そして、「ウオツカ」にはソフトなまろやかさがあり、「ラム」はライトなものに適しています。 そしてウイスキーやブランデーなど、いろいろな種類の蒸留酒を試してみるのも楽しいと思いますが、あまりにも風味(フレーバー)の強いものは避けたほうがよいでしょう。 ワインなど蒸留酒もリキュールにできます。
日本酒でも当然リキュールはつくれますが、それは邪道でしょう。日本酒の繊細な風味はストレートで味わうものですし、それを苦労して造ってくれている人たちに失礼な気がします。
ヨーロッパで「白ワイン」はリキュールづくりに適しているとされています。赤やロゼに比べ、白ワインの味にはクセを感じませんが、無色の蒸留酒に比べると個性を強く感じます。おなじ果実を漬けても、ホワイト・リカーほどに質の変化は目立ちません。
ワインで作ったものでアルコール含有量13〜25%ぐらいのものは、リキュールから区別して「フレーバー・ワイン」と呼ばれているようです。アルコール度が低く、軽くて、フレッシュな色のものであればアペリティフ・ワイン(食前酒)として重宝しますし、品のよい香りづけができたものはテーブル・ワイン(食中酒)で楽しめます。
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