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Part 6 道産子でトレールを楽しむ |
乗馬というスポーツは、近年いくどかのブームに助けられて、広く普及してきてきていると言われています。“普及している”と言い切った言い方をしてもらえないのは、現実と願望に若干の開きがあって、その差がいつまでたっても縮まらないためのように思います。 さらに、乗馬はゴルフほどの費用がかからないとしても、若い女性を主にしたブームの担い手たちにとっては、その費用を持続して負担するのが苦手なのかもしれません。 またテニスであれば、うっかり転倒してもヒザかヒジを擦りむく程度ですが、うっかり振り落とされたら擦り傷ではすみません。もっとも、やたらとヘルメット着用を義務づけたり、傷害保険に入らせたりするものだから、不必要な恐れと煩わしい緊張を与えてしまっているようです。 たしかに乗馬に興味をもって乗馬クラブに入会しますと、馬場馬術競技の練習のようなことばかりをやらされるのですから、乗馬の楽しみを知らないうちに興味を失ってしまうのは残念なことですが、仕方ないことのように思います。
乗馬は百鞍(回)乗れば、一人前に乗りこなせるようになると言われています。畳の上の水練と同様に、いくら理屈をこねていても上達するものではありません。身体が覚えるのですから乗り続けるしかないのです。 乗馬クラブによっては、初心者を指導するときに鞍に跨がらせてもアブミに足先をかけさせないようにしています。足をぶらぶらさせて乗っていると、自然にバランスがとれるようになり、股と脚が馬の背と腹に馴染みやすくなるのです。 効率よく上達したいときには、西部劇に出てくるインディアンのように裸馬に跨がるのが一番なのです。 じかに乗ると馬の汗と綿毛がこびりついてしまいますので、四つ折の毛布を乗せただけの馬の背に跨がり、たてがみをにぎって乗っているのが最も効率のよい訓練方法なのです。
鞍に頼ると、その分だけ上達が停滞し、手綱に頼ると馬が首を下げたとき前方に振り落とされることになります。裸馬に乗る方法はいきなり無茶をする気にもならないので、安全な訓練法でもあるのです。しかし二年か三年で、百鞍を乗り切ってしまえば修行は終わりです。 身体が覚えるということは不思議なもので、そのようにと努力するつもりはなくても腰と脚が馬の背と腹に吸いついたようになってしまうのです。そうなりますと、常歩(なみあし)でも速歩(はやあし)でも尻を突き上げられる不快から解放され、駆歩(かけあし)も襲歩(しゅうほ)も夢ではなく、快適な乗馬が約束されます。身体が覚えると気持ちに余裕が出て、乗馬の楽しみがわかるようになります。
乗馬クラブを自動車教習所と考えてみますと、運転免許を取得したのちも教習所の車で所内のコースを走り満足している人はいないように、百鞍以降も馬場で騎乗訓練を続けたのでは物足りなさを感じて足が遠のいても仕方ないでしょう。運転免許を取ったらマイカーを所持するように、自馬を所持することを勧めます。乗馬クラブの自馬会員となって飼育管理をお願いしてしまうのが一般的ですが、飼育経験のある農家に預けるのも一つの方法です。この方法をとりますと、満足できる管理がしてもらえます。
乗馬クラブで使用されている馬のほとんどは、競走馬で知られるサラブレッドです。農耕などに馬が使用されなくなり、競走馬ばかりが繁殖されているためです。 ご存じのように、サラブレッドは流麗な美しさで高級スポーツカーのような機能美を誇っていますが、神経質で繊細で、馬場のように整備されたところ以外では怪我などトラブルを起こしやすいのが難点です。 それに対して道産子や木曽馬はサラブレッドとすべてが正反対で、頑健さと耐久力には定評があり、手がかからず粗食で、よく野生馬のように放牧したままでも成育し、勝手に繁殖もします。 北海道の原野に年の半分は放牧したままで飼育されていますから、多摩川の河川敷の葦原のようなところでもぐんぐん分け入り、葦やオギの茎や葉をバリバリと食べてしまいます。
サラブレッドで河川敷を散歩したならば、擦過傷で治療が必要となるばかりでなく、飛び出したキジに驚いて暴走しかねません。高級スポーツカーに乗ってオフロード走行するのと同じですから、そんな愚かなマネをする人はいないでしょう。 道産子こそオフロード・トレールのためにある馬と言ってよいでしょう。そして道産子によるオフロード・トレールを趣味とする人口に増加がみられるようになりますと、木曽馬の繁殖に弾みがついて絶滅の危惧は回避されることになるでしょう。
百鞍を目標にして、ひたすら騎乗訓練に励んでいるときは、ブリティッシュ・スタイルということになります。騎乗訓練はブリティッシュ鞍が効果的ですし、ウェアもブリティッシュ・スタイルが機能的であるということでは最良です。 しかし、ブーツを脱ぐにもブーツ脱ぎなしではすんなり脱げない面倒臭さと縁を切りたくなります。ヘルメットと同様に、脱いだときの爽快感から二度と縁を持ちたくないと思ってしまいます。初心者のころは気を入れないと怪我をしますが、腕が上がったら気軽に乗りたいものです。 河川敷トレール専用馬に跨るのですから、バッチリきめたりハデ派手しくならないほうがよいでしょう。
さりげなくキメられるのはアーリ−・アメリカンです。下はジーンズにチャップスがベストですが、伸縮性のあるジーンズをはくと着座が楽で、膝がまげやすく、乗り降りが楽です。上はTシャツで、必要に応じてトレーナー、冬季でもダウンのベストで十分です。 馬の上にいると、常に上下の全身運動をしていて、“自家発熱”が全身くまなく暖房をしてくれているからです。 アメリカン・カウボーイのようなテン・ガロン・ハットをかぶりたくなる気持ちはわかりますが、あまりお勧めできません。ビーバーの毛皮でできた本物だったらよいのですが、もどき品ですと使い勝手が悪くてもてあましてしまいます。
野球帽のようなハットをお勧めしますが、どうしてもとこだわる人にはオーストラリアン・シープボーイのハットをお勧めします。軽くて風圧を受けにくい工夫を感じます。乗馬用の雨合羽はクルブシぐらいまでロングで、後ろは深く割れていて、跨って不都合のないデザインとなっています。しかし、チャップスを防水加工しておけばゴルフや魚釣り用の雨衣でも十分です。 なんといっても“さりげなさ”が肝要です。
府中市内を流れる多摩川は、史跡と名刹に縁取られています。鎌倉時代から江戸時代、そして近代の歴史を創った人たちの足跡を見ることができます。 俵藤太秀郷の居宅跡、足利尊氏が中興した高安禅寺、新田義貞の鎌倉攻めの攻防で知られる分倍河原の古戦場跡と、武蔵坊弁慶などの名を残した井戸や橋や坂があちこちにあります。 対岸多摩丘陵の向ノ岡には、桜樹林の中にカヤ葺き屋根の対鴎荘が見えます。三条実美の別荘でお忍びの明治天皇がしばしば訪れ、ノウサギ狩りやアユ漁を楽しんだ所です。隣接した都立桜ヶ丘公園に聖跡記念館があり、京王線の駅名にもその名を残しています。
陣場高原・高尾山系から流れて日野郊外で多摩川に注ぐ浅川は、合流点が洲崎のように突き出して「日野津」と呼ばれていました。江戸湾から海産物などが船で運ばれ、海外へ輸出される生糸や絹布、そして蚕の種紙などが運ばれた、水運の要衝だったのでしょう。いまは馬の膝下ほどの水量しかありませんが、その地形から当時を偲ぶことができます。 近くには生家も墓も残っている、土方歳三の生まれ育ったところです。新選組きっての剣使いで冷徹な粛清者と恐れられた副長が、鼻たれ時代に仲間を引きつれて剣術ごっこをし、地バチの巣を探したり、魚獲りにうち興じたところです。 この先から川底が砂利や石から岩底と変わり、多摩川が下流域から中流域となったことを知らせてくれます。 甲州街道日野橋とJR中央線の鉄橋をくぐり抜けると、慶応2年(1866年)に蜂起した武州世直し一揆の一隊が江川太郎左ヱ門英武の配下の農兵隊にゲーベル銃という近代兵器で殲滅されたところです。
伊豆韮山に日本初の反射炉を造ったことで知られていますが、驚いたことに大村益次郎など薩長の倒幕派よりも先に、幕府の代官である江川が近代兵制を実戦に用いて驚異の戦果を得ていたのです。 秋川の合流点の一帯は、都立滝山自然公園となっていて、多摩川の河川敷であることを忘れてしまいそうなほど、見渡すかぎりに山と林と原野が広がっています。 日の出村を過ぎて福生に入りますと、地酒の蔵元が右岸に並んでいます。大衆地酒の「多摩自慢」と幻の銘酒「嘉泉」の酒造場ですが、片方は近代化された工場で大量生産され、もう一方は昔ながらの製法で、少量限定生産しているという対照的な蔵元です。 嘉泉の田村酒造は、玉川上水開削に多大な財政支援をして歴代玉川上水を個人的に利用する権利を保証され、今も屋敷内に上水を引き込んで大吟醸酒に必要な山田錦を五割以上精米するため水車を回しています。
邸内には寺の本堂のような母屋と見事な庭園が向かい合っていますが、その間に水流が配してあって、時季になるとホタルが飛び交い、河鹿カエルの鳴き声が聞こえます。 当主の半十郎氏は立川の中学へ人力車で通うのに、他人の土地をまったく通らず往復できたと笑顔で語り、出羽酒田の本間家と越後の目黒家、渡辺家と並ぶ多摩屈指の名門の余裕を見せます。 無類の動物好きで、馬で訪ねるといつも着流し姿で出迎えてくれます。もちろん、犬を連れて訪ねても出迎えてくれます。馬の係留場所も十分で長逗留も可能です。 馬は庶民に手のとどかないようなものではありません。クルーザーやヨットの個人所有は負担が大き過ぎますが、車でドライブするように、馬でトレールして欲しいと思います。
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