|
その年のクリスマス・カードは、さり気ないものでした。三頭のラブラドールが写っている写真が同封されていただけで、転居先住所は知らせてくれても、そこがどのようなところか触れていません。今から思うと仮の住まいでしかなかったからでしょう。一昨年のクリスマス・カードは、クリスマスを過ぎてから届きました。どっさり分厚いカードを開けると案の定、クリスマス・カードの発送が遅れた言い訳が書いてありました。定年退職後の生活を「イギリス人の夢」に近づけるために東奔西走の一年で、ついにその「夢」を実現させたとの誇らしい知らせでした。
クリスマス・カードの表紙の写真(上)は、400年前に建てられた水車小屋の前で100年前に本家(Patriarch)のお祖父さんが愛犬の黒ラブ・ロブロイと一緒に撮った写真なのだそうです。中を開けると、表紙の写真と同じ場所の写真(下)で、同じようにドクター・クルツが立ち、愛犬の黒ラブ・ロブロイが座っています。同じように帽子まで持つ凝りようです。この由緒ある水車小屋(The Mill House)は今も現役だそうですが、買い取って手を加えて隠居先にしたようです。
クルツご夫妻のご主人はエドワードと言い、奥様はリリアンと言います。リリアンは大学でインド哲学を専攻し、科学誌の記者をして、結婚してからは主婦業に専念し、現在はエッセイストで知られているようです。民主主義と男女平等が望ましく定着した日本社会から見ると意外な感じがしますが、王族や貴族などを規範とする中流階級の女性は、結婚してからは職業に就いていることは殆どないと言います。ジャーナリストとしての自分に未練はあっても、外国暮しも少なくない活動的な学者の夫との生活を優先させて、文筆家の道へ軌道を修正したのだと言います。主婦の仕事のかたわら文章を書く毎日は、自分にあった生活だったと言います。海外生活の貴重な体験が役立って、幾つかの賞を獲得していると誇らしげに語ります。
写真(上)は、ご夫妻エドワード& リリアンと、左手に抱かれた愛犬ロブロイ。そして、後方は末娘の夫でスペイン系のイギリス人だそうです。マドリッドにあるイギリス系の証券会社でディーラーをやっているそうです。
写真(上)は、水車小屋のクルツ宅を空から俯瞰したものです。道路の左側で下から2軒目にあり、三方を小さな森に囲まれています。これこそイギリスと言われるひなびた田園文化の源泉であり続けるコッツウォルズ(注・4)を特徴づける、かつてのイギリス貴族と羊毛長者・商工業者による茅葺きの田舎家と緑豊かな丘陵が展開しています。コッツウォルズ種と呼ばれる長毛の羊と、産業革命の後に隆盛を極めた紡績業者の栄華の名残りが点在しています。
水車小屋の水車を回すために屋敷内に引き込まれている水路の写真(上)ですが、三頭のラブラドール、ロブロイ・ベン・ハーミィは毎朝散歩に行くと必ず水浴びをする習慣が直ぐについてしまったとのことです。もともと水浴びが大好きなラブラドールですが、隣接した羊の放牧場で大暴れするとのことですので、体躯と四肢を冷やすのが目的でもあるのでしょう。 両岸の草地が綺麗に手入れされていますが、その方法はたぶん羊に食べさせているのでしょう。首輪につないだクサリの長さの円の中を食べ終えたら、支柱を次々に次々に移して行くのだろうと思います。水車小屋の裏庭は立木部分を含めると、屋敷まわりの広さの三倍以上はあるそうです。
写真(上)は、放牧地にぬける小道から水車小屋を望む裏庭の全景です。散歩に行って水浴びから戻ると芝生でしばらく休息します。 ご夫妻がデッキ・チェアーにすわると、三頭は一定の間隔をあけて 寝そべります。ときに大きなイビキをかいて、気持ちよさそうに眠っているように見えても、鼻面はつねにご夫妻の方に向いています。時々上目遣いに薄目をあけて様子をうかがっていて、指示を見落とさないようにしているのだそうです。これは鳥猟犬の資質を備えている証拠で、目線を見ていると芝生のへりを横切るキジや上空を飛ぶカモを難なく見ることができるそうです。
この芝生の庭を水車小屋のベランダから写した写真(上)の、はるか遠くに黒い点のように見えるのはスティしているハーミィだそうです。
写真(上)は、道路から水車小屋の正面を見たところです。ロブロイが写されることを意識してホーズをとっています。100年前の写真のロブロイは素朴な立ち方をしていますが(前出写真参照)、現代のロブロイは四肢を踏ん張って洒落ています。本家の祖父さんとクルツさんの立ち方を比べても同じことが言えそうです。
写真(上)は水車小屋正面の遠景です。石作りの門柱と石塀は、100年前の写真とまったく変わっていません。右の立木は真っ盛りの八重桜で、左にいるのはベンです。
|