開業心理臨床を経験して

         

 私が外来精神療法施設としての精神衛生相談室を開業したのが昭和53年3月ですから今年でちょうど10年になります。さらに其のまえ友人らと試みた昭和51年10月からのものを含めますと約12年ということになります。その「試み」から得られた知見にもとづいて本格的に精神衛生相談室の開設を考えたときに、確かな診断と「みたて」を持っていて、治療という「契約」から負った義務を約束どおりに果たすならば「治療過誤」等の問題は起こらないとの判断は持てておりました。

 そして精神分析的な精神療法のトレーニングをうけ精神病院、医療刑務所から企業、大学の精神衛生管理、大学病院小児科、さらには乳幼児の電話相談まで幅の広い経験を持ちましたので、いかなる来談にもほぼ対処できるであろうという自信も持てておりました。さらに医師の開業にならい最終勤務病院を開業予定地域内にして、その病院に勤務する間に地域の精神衛生業務担当者らとの連係を密にしてネットワークを創り育てました。

 このような出来うる限りの万全を期してのスタートは絶対に失敗してはならないという使命感のような気負いからだったわけですが、万端整えて臨んでみると、どう考えてみてもうまくいかないはずはないように思えました。また「医師でさえ精神科の開業は難しいのに」といういい方をされることがよくありましたが「医師でさえ」という考え方は間違いで誰彼なく努力は必要であり、社会の需要に応じられるかどうかが問題であると思いました。

 この種の開業を「水商売」と同じように考えてか「あたる」とか「はずれる」とかいい「やってみなければ判らない」という言い方をする人が多いようですが、この経験から自信をもって言えることは「やってみなければ判らない」と思っている場合はたいがい失敗し、成功するときは「やってみる前から成功するだろう」と根拠があって思える時のようです。病気を治したい人たちの気持ちは真剣です。自分が病気になった場合を考えればお判り戴けると思いますが、決して「水もの」等では無いと思います。

 「何でも治せる」ということは「何も治せない」ことと同じという意味で、「思春期」とか「夫婦」とか治療を得意とする分野をもたなければ一人前の治療者とはいいがたいといわれていますが、これも必ずしもそのとおりであるとは言い切れないように思いました。何をもってよいと判断したのか判りませんが「よい先生にめぐり会えた」といって一方的に満足し、いままで難治例といわれていた患者が速やかに治癒してしまうことが少なからずあります。

 個人開業で予約制しかも紹介されてということから、来談する患者は治療者を選んで来談しているわけでしょうから、その分だけ「治癒率」が高くなる訳ですが、その内訳は様々な人たちと様々な疾病であって一定の傾向を見出すことは難しいようです。強いて傾向を見出すならば、難治例、処遇困難者、いろいろな意味での「厄介な患者」ということが出来ると思います。この10年間に治療を求めて来談した者の総数は1,178名、このうちコンパニオン・ワーク依頼314名を除いた864名の「治癒率」をみてみると、完治または寛解で終結した者は697名で80.7%でした。

 10年たったいま改めて考えてみると、当初の気負いはほとんど無くなり「治ろう」としている患者の隣人のつもりで接しております。そして、「治療者」であることを意識しているよりも「コンサルタント」でいるほうがよい結果が得られているようです。 

 

 

 

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