■ 雑誌「自遊人」に、イサキ創作料理が紹介されました。
忘れられない あの魚メシ
どんなに流通が発達しても、現地でしか味わえない魚があります。
この夏は温泉もいいものですから、旨い魚を求めて
港町ならでの味が楽しめる、素朴な料理民宿へ旅してみませんか?
忘れられない、あの魚メシ イサキ創作料理 静岡・岩地漁港
[作家]佐藤隆介
PROFILE●さとうりゅうすけ● 昭和11年、東京都生まれ。コピーライター
編集者を経て、池波正太郎氏の書生として師とともに旅を続けた。現在、
"食"の話題を中心に広告や雑誌などで活躍中。
著書に「池波正太郎氏の食卓」(新潮社)「うまいもの職人帖」(文芸春秋)
などがある。
イサキ
● 分類=イサキ科 ● 全長=25〜50cm程度 ● 別名=イサギ、
イッサキ、オクセイゴ、ハタザコ、マツなど 鶏魚とも伊佐木(幾)とも
書く。旬は6〜7月のためツユイサギとも呼ばれる。幼魚には黄褐色の線が
3本あり、体が裂けたように見えることから"イサキ"の和名がついた。
うまい魚が食いたい、と念力を働かせたら・・・
自分の生まれた月ではあるが、6月という月はどうも好きになれない。
すでにすでに初夏の爽快さはなく、昼間はもうけだるい夏を思わせる。
そのくせ梅雨に入ると、妙にじめじめと肌寒い夜があったりする。一年中で
一番中途半端な月だ。重く湿った空気の中では酒にもあまり気が乗らない。
口福(こうふく)を選ぶにもいささか苦労する。懐石では、これから夏場に
かけて"涼一味"の心入れが肝要と教えている。涼一味の口福とは何だ?
濃厚で重いものは暑苦しい。どちらかといえば淡白で軽やかなものに食指が
動く。川の恵みなら文句なしに鮎だが、さて海の幸となると何があるか。
そろそろ鮑が旬になる。それくらいしか素人は思いつかない。
しかし、何とかしてこの月ならでのうまい魚が食いたい。食いたいと、と
念力を働かせたら、「かいとく丸」が浮かんできた。そうだ、伊豆の
「かいとく丸」へ行きゃいいんだ・・・。
西伊豆は松崎から遠くない岩地港の小さな温泉宿である。そもそも屋号から
わかる通り、自前の船を持ち、漁師料理を供するだけの変哲もない民宿だった。
いまは民宿というよりは、泊まることもできる海鮮料理屋だ。食い道楽が
ひたすら食べる歓びのために、遠路はるばるやって来る口福の宿である。
さっそく、「かいとく丸」へ電話をした。「は〜い。かいとく丸でございます」
「やあ、女将、ごぶさた」「あらまア、お久しぶりのお声ですこと」
「実はこの週末あたり一泊、と思うんだが・・・」「まア、うれしいこと」
「で、一つ頼みがある」「何でございましょう」
「六月が一番うまい魚を堪能したい」「六月が一番美味しい魚、ですか」
「その極め付けを女将ならではの料理で頼む」「かしこまりました」
去年の六月は鶏魚(いさき)料理 さて今年は何が味わえるか。
料理人でもある女将の名を高橋貴和子という。このマダム・シェフによって
単なる磯辺の民宿が見事な和風オーベルジュに変貌したのだ。母が民宿を始めた
三十数年前、食事は活造り、塩焼き、煮付けなどの定番料理に限られていた。
「かいとく丸」を継ぐことになった時、貴和子は考えた。いくら魚介の鮮度が
自慢でも、ありきたりの料理では先が見えている。 「さざえといったら壷焼き。
それは確かに美味しい食べ方だけど、二日続いたら飽きるでしょう。だったら、
それをエスカルゴ風にしたらどうかしら・・・」こういう発想で和洋の垣根を
取り払ったとき、新しいかいとく丸料理が誕生した。
ここでは伊勢海老が豪快な活造りにもなればスパイス焼きにもなり、鮑は水貝
や酒蒸しにもなれば丸ごとステーキにもなる。といって奇をてらい演出に凝る
ことはなく、「私の料理の基本はシンプル」ということ。
”最上の素材を選び、その持ち味を最大限に生かすだけ”と、高橋貴和子の
料理哲学はあくまでオーソドックスである。それでいて着想には非凡なものが
あり、行くたびに新しい驚きがある。それが、この宿のうれしさだ。
こうして去年の6月、私がようやく「かいとく丸」で知った”水無月ならで
はの口福”とは、他ならぬ”鶏魚三昧”だった。夏の始まりとともに鶏魚が
うまくなることは知っていた。時季になればカミサンが2度や3度は買って
くる。しかし、うちではもっぱら塩焼きで、あとはたまに唐揚げにするくらい。
それ以外の賞味法を知らなかった。
あの日、「かいとく丸」で味わった高橋貴和子の鶏魚料理三品は、鶏魚の
イメージを一変させたばかりでなく、1年中で一番中途半端でつまらない月だと
思っていた6月の評価をも一気に格上げさせた。
季節の香草類で美しく彩られた鶏魚の刺身のカルパッチョ風。淡白でなおかつ
脂が乗っている白身に天城名産の椎茸とグリーンアスパラガスを包み込んだ、
鶏魚の包み焼き。そして中華料理の手法を巧みに採り入れた見事な鶏魚の姿蒸し。
いま思い出してもよだれがでてくる。添えられてきた酒がまた出色だった。
知る人ぞ知る”幻の C・ヘンリー”―私が本邦最高と思っている十五年熟成
スピリッツである。どんな料理にも合う懐の広さが凄い。
また6月。「かいとく丸」を思うと心が躍る。去年は鶏魚三昧だったが、
今度はどんな口福に浸らせてくれるだろうか。厳しい注文をつければつけるほど、
さらに鮮やかな手腕を発揮する高橋貴和子だ。思い切り難題を吹っかけることに
しよう。
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